日記

 

          

 

6月17日

5月末に、夫と京都八瀬に泊り、車も使ってですが、貴船山と比叡山にきつくも感じずに行けたこともあって、格安乗車券が手に入った時、折角なので、その期間中に終点の高野山まで行こうと決めていました。そんな時の黒岩塩は、ホントに心強い存在です。(貴船山は、自分の中で次に繋がっていきます。)天気予報に反してらしいのですが、昨日の朝は、黒雲もかなりある曇り空。行かない選択肢もあるなあなんて、ぐずぐずしていたけれど、改めて地図を見たら、かなり近くに感じて出かけることにしました。

故郷の次姉夫婦がまだ存命で元気だった10年以上前に、二人を案内して行ったことのある高野山奥の院。何も分からなかったその時ですが、一緒に歩いていたら、寒い時期でもないのに身体の芯から凍えてしまった経験があります。それ以来、車でその町を通ることはあっても、立ち寄ったことはない場所。

空いている電車、ケーブル、バスと乗り継いで、終点で降りたら、ホトトギスが1羽、大きな声で鳴いてくれました。「てっぺんかけたか」(笑)。 見覚えのある正面。済んだ空気と、抜けるような青空と、一面の緑の木々。
木立からの明るい暖かい太陽を沢山浴びながら、それでも、少し緊張しながらゆっくりと歩く。人通りはほんとに少ない。苔だらけの木々と石。時々、修理中の人たちに出会う。話しかけたら、昨日の祭りが中止になって残念だと言われる。毎年、街を挙げての大きな催しだったらしい。私は、それが中止になったから行けたのかもしれないけど…。

かなりの距離に感じたその場所を抜けたら、やっぱり一寸ホッとして、太陽を浴びながら寺院の立ち並ぶ歩道を歩く。そして、もう帰ろうと思いました。バス停近くの店の奥さんが、バスが来るまで中でお休みと言ってくれる。話しが弾み、チラシもvirusも渡る。帰りは、乗り継ぎの時間待ちが長かったけど、その分、折角のその土地に居られたのは嬉しい。ケーブルカーから見下ろしたヤマボウシの白い花が満開で、まるで大テーブルのように一杯にありました。圧倒されるような静かな美しさでした。

 

 

 

 

6月15日

少し遠回りも良いかなと、普段あまり利用しない、駅の西口から買物に出たら、ヤマモモの街路樹に熟した実がいっぱい! 地面にもびっしりと落ちていました。実がなるのは知ってたけど、すっかり忘れていました。他にも実がついたのもありましたが、目立つ所にあるその木は、特別に多くの実が付いています。落ちています。歩道では踏まれています。赤く熟してそうなのを1粒食べてみました。美味しい! 懐かしい味です。誰も食べないのかな? 鳥さんは食べてるのかな? びっしりの地面のは、どうするのかな? 明日も行ってみようと思います。

 

 

 

6月15日

昨日の午後の久し振りの重だるさは、地磁気が喜んで通ろうとする好転反応だったのかと、14日付の日記を読んでホッとする。早めに寝て、何度も夜中に起きての今朝だけど、かなりの暑さの筈が、風も気持ち良くて、かなり元気。

昨日は、早朝に目覚めてしまい、そのまま眠れずに、6時まで待って、そっと散歩に出ました。いつもは30分のコースなのに、1時間半も楽しむ。雨に出たのに、途中からはまさかの太陽が何度も姿を見せてくれて、その度に徐々に天気が回復してきました。夫はごく普通にテニスへ。

アジサイは勿論ですが、クチナシやヤマボウシの白。夾竹桃の白、ピンク、それに初めて見た大きな鮮やかな緋赤のもある。畑への斜面には、もうノアザミが沢山咲き、背丈の大きな白百合もある。
池からの景色を見とれていたら、突然、ウシガエルの低い声。ビックリ! かって食料にしてたらしい。池の中には鯉が元気に泳いでる。白地に面白い橙色や茶色の模様がある。池に注ぐ水路には、アオサギがジッと立っていて、近づいたら少し移動。こちらが動いたら、又、元の位置に。(羽がグレーと黒なのに、何でアオサギと言うの?)

この散歩で、1番驚いたのは、歩き出して直ぐに出会えた、大きなカイズカイブキの様子。車のLEDライトと、LEDの外灯をまともに受けたのが原因だろう、木の半分程の枝もえぐれるようにダメージを与えられてたのがありました。悲しくて、かって写真にも納めてた木たちです。その木に、しかもダメージの多い場所に近いほど、その先に沢山のグレーグリーン色の実がついているのでした!

植物たちはもう未来に行っている…。「この今の植物たちの元気は、彼らなりの(未来への)覚悟のようなもの」 8日付けの無有日記を感じてみる。

 

 

  

6月11日

朝の3時台に目覚めることが多いけど、今朝も、ウトウトと目覚めだしたら、余りにも暑くて起き出す。そして、「無有日記」を読む。10日付の3番目の日記。今回ほど嬉しい日記は無いと又しても思う。何回目の又してもだろう。読みながら、何度もガッツポーズ。幸せでならない。


その中にあった、地磁気そのものだという牛…。子供の頃には、普通に畑を耕している姿を見るだけで、余り身近に縁はなかったのですが、ムーエナジーに出会って数年過ぎた頃、北海道での体験会のついでに、仲間の知り合いの牧場に、2人で1泊させて貰ったことがあります。いつもは一組しか泊めないそうなのですが、例外として泊めてくれたのだそうです。


何も知らなかった私がかなり驚いたのは、産まれた子牛に、母親の乳は飲ませない事でした。母牛の乳は商品。子牛には、早く成長するように調合されたミルクを、大きな哺乳ビンで飲ませていました。出産しなければ乳は出ない。なので、本来、牛の乳はその子牛の食。その頃でも、大きな矛盾を抱えていた牧場経営に思います。
同宿した、もう一組のカップルの男性は、私といろんな共通点があって、話しが弾む。かなり年上の外国の女性は、子牛にも親しく接して、手を子牛の口の中に入れて、舐めてもらいながら遊んでいました。子牛は全然嫌がらない。真似させてもらう。子牛は全然平気だったのでしょうが、私の方がどうしていいか分からずに、すぐ手を引っ込めてしまいました。ぬるっとした唾液と舌の感触が残ってる。


動物は、出産しない限り、母乳は出ない。その牛乳を商品とする牧場経営。そんな当たり前のことの知識も無く行った牧場なのですが、外国からの女性の、あまりの自然体での動物や人間との接し方は、その足元にも及ばない自分が感じられて、自らのそれからの生き方に、とてもいい影響を与えてくれたなあと、感謝と懐かしさが蘇ってきています。

 

 

 

6月5日

先日書いた犬柘植の今が面白い。かなりのダメージと思わせてた、葉も出ない枯れたような箇所ほど、沢山の可愛い花が咲いている。葉が無いのでまるで満開状態?の所もある。見渡すと、そんな箇所が何ヶ所も。枯れて無いよ、大丈夫だよ、元気だよ、と伝えてくれてるようです。

今年はサツキも、まだ元気に咲いています。家々の石垣の間や庭、公園でも、最初は葉の方が目立っていたのに、いつの間にか、花の色が鮮やかにより目立つようになっています。美しくて歓声を上げたくなる。

ハナミズキも面白い。記憶に残ってる去年までは、桜の終った頃、まず、薄い花びらの花が咲いて、あっという間に終わり、それから葉が出だしたのに、今年は、花と葉が同時のようにか、花が咲いて直ぐだったのか、まるで葉がずっと花を支えているように見えて、長いこと咲いてくれていました。その花が終った今は、花だった所から垂直に沢山茎が伸びて、実になろうとしています。確か、ヤマボウシに似た赤い実の筈。

何度も行く溜池のある公園には、アジサイの花が本当に沢山ある。しかも全部と言って良いほどに、上を向いて元気。去年の枯れた茶色の花をそのままに、その脇から茎を伸ばして、今年の花を咲かせているのも多くある。復活したような黄色いカキツバタの庭には、今は花菖蒲が色んな色の花を咲かせています。
他にも、こちらを元気にさせてくれるような、大きな変化を見せてくれる植物がいっぱい。地磁気の大きな力を見せてくれてるようです。

 

 

 

 

6月3日

今日付けの日記の胚。心身が前日から大きく反応するけれど、知りたがり屋の私には、土台となりそうな内容に思います。再びの再出発のようなこの6月を、淡々といきたい。

今日も何故か、朝から盛んにカラスが騒ぐ。それでも、1日に経験したカラス程のことは無い。

空中で俯瞰していたような日々でもあった、高層住宅での生活を変化させたくて、地に足の着いた生活をしたくなり、希望を聞いてた夫が、(全然乗り気でも無かったようなのに)偶然に見つけて来てくれた古家。1日に、その手続きに夫と出かける。遠方の相手の方は、Virus関連で動けずにいたそうですが、動き出せた初日だそう。
なのに、駅近くまで歩いた往復での、かなりの数のカラスの騒ぎ様は、ここに住んで初めて経験すしたような凄まじいものがありました。中には側近くまで飛んできた数羽もいる。最初、何が起きたのかと??でしたが、怒り、焦り、慄き、いろんなものが伝わってくる。夫も、かなり不自然な、不気味なものを感じたよう。帰宅してから、無有さんの力を借りました。
それから元住んで居た町に一人で電車で向かう。呑気でその時は分からなかったのですが、午後からは、ずっと太陽に見守られてるようで、本当に元気いっぱい! 張り切り過ぎて、動き過ぎて、我ながら後が心配になる程。でも、怪我もしない。予報では午後から雨の筈だったらしいのですが、太陽がずっと姿を見せてくれてて、黒雲とのせめぎ合いにも負けずに、大きな夕陽まで見せてくれました。ありがたくて嬉しくて、何度も手を振る。

時々は、結果を意識してしまう時があって、戒めているのですが、この時期、縁する人を巻き込んで、回転が大きく動き出したような気がします。なにも考えずに、これからを楽しませていただこうと思います。

 

 

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5月28日

いつの間にか、5月も終ろうとしている。朝早くは黒雲もあったけれど、その後はずっと快晴。6個あった無有日記は、包む程にワクワク感とゾクゾク感の中間みたいな大きな喜びが湧いてくる。

ずっと4%しか無かった地磁気が、2月には10%。それからも徐々に増えているなんて、思いがけない程のこと。嬉しくて嬉しくてならない。

雲ひとつない快晴の街中を、仲間との散歩。大きな神社や寺もある。神社の北側は湿ってて、空気がよどんでる感じがすることが多いけど、そこのクスノキ2本は大きく剪定されたまま、葉もあまり茂らせてはいない。なのでかなり明るい。こんなことにも先に行ってる植物たちが感じられる、今日の無有日記。その脇にあった桜の木には、小さな実が沢山あって、黒く熟したのは、地面にも沢山落ちている。何だか懐かしかったです。

 

 

5月25日

田圃近くの道に1本だけポツンとある桐の木。普段は目立たないのに、その花の時期は、大木でもないのに、その姿は堂々として気品があって、うす紫の花が遠目にも美しい。大好きな花の時期でした。先日、その木の側を通ったけれど、道のカーブにあるので、車のLEDライトに照らされ通しだったろう花の終りかけのその桐の木は、かなり無残な姿…。
でも、今年は、うす紫の桐の花を、至る所で見かけました。山ではまだ見かけます。運転しながらでも、その気品に圧倒されそう。サービスエリアの駐車場の中程に、1本だけあったのにも出会いましたが、満開で、こんなに沢山の小ぶりの花を付けるのかと、新発見が嬉しかったです。例年なら、山に藤の花の目立つ季節の時でも、今年は桐の花が目立って元気なように思いました。福井からの帰りにも、こんなに沢山あったのかと驚く程。大好きな花なので、とっても嬉しい。

(どちらかと言うと、藤は苦手です。何故か、曲がりくねった幹を見ていると、蛇を思ってしまう。どこまでも絡みついて伸ばしていく枝…。)

 

5月25日

太陽と、青空と、沢山の花々と、小鳥と、優しい人々。旅でも、散歩でも、黒岩塩と太古の食が応援してくれる。


「人としての意味は、命の限り人を生かし、自らも生きること。」の筈なのに、そのつもりの行動が、いつの間にか、自分の為だったのかなと勘違いしそうな幸せ感で一杯になったりする。過去の失敗だらけだったような行為までも、全部、今に生きだしたようでもある。歩こう。


毎日毎日が、即、「無有日記」の確認作業のよう。それにプラスアルファ―までがあるような日々。


遊びには、心地いい疲労感と達成感だけがあるような気がする。最近は、遊んでばかりの日々なので、疲れが残らない…のかな?

 

5月20日

ふと入ったニュースが嬉しさを運んでくれる時が増えて居る。

 

 

  

 

5月20日

すぐ近所にある郵便局に行き、少し回り道をして、正面玄関からの帰宅。ビルの周りに植えてある犬柘植(イヌツゲ)の先に、ポツンポツンと淡いピンクの小さな花が咲いていました。目立たないので、今日付けの無有日記に書かれてなかったら、見過ごすところでした。これから毎日通るのが楽しみ。これからの、いろんな花や実との出会いも楽しみ。


マンションの前の小高く盛り土をしたクスノキの下には、玉竜という草が植えられているのですが、LED照明の影響で、クスノキ同様、あまり元気では無い。びっしりだったのが、かなりの範囲で、土が見えています。だからなのか、その時は一面のように黄色い小さな草花が咲いていました。所々にえんじ色の花も見える。まるでお花畑のよう。しばし見惚れていました。
それが、外出して5時半過ぎに帰宅した時には、掃除の女性3人が抜く作業をしていました。夕方なので花びらを閉じるのか、それとも1日で花は終るのか分かりませんが、黄色はもうありません。雑草を抜いて綺麗にするのは彼女たちの仕事。なので、前日の朝の大雨で伸びたのだろう一面に見えた小さな黄色い花たちの美しい風景は、まるで大きなプレゼントだったようにも思えるのです。

 

 

 

5月16日

この頃は、前に住んで居た土地に行くことが多い。自然がいっぱいなので、無有日記に書かれているそのものが、即、あるような気がして、まるで確認作業のようで楽しい。

昨日も、早朝に、溜池のある公園を歩いてみました。前方にいた山鳩かキジバトが、ゆっくり歩きながら、伸びだしてきた草の先をつまみながら歩いている。見るからに柔らかそうな草の先。つまみながら歩いている姿は、とっても軽やかで可愛い。

黄色いカキツバタが群生して植えてあった、池のあるコーナーは、LED照明の街灯で、見るも無残な状態でした。恐ろしい程のカラスの大群にも出会った場所。荒れ果てたようにさえ見えたその場所なので、訪れる人は少ないけれど、黄色が目立って、とっても明るい場所になってるように思います。ワクワクしながら、ありがとう、ありがとうと歩く。

ゆっくりいろんなコースの道を歩いていたら、この公園の、人を楽しませようとする、造園された当時の人たちの確かな気持ちが伝わってくるような気がする。土地が喜んでいる。
なんと沢山の種類の木々があることか! ラベンダーも沢山ある花壇は、名前を思い出させてくれるような、名札付きの花々もいっぱい咲いている。沢山の木々や草花が本来の姿で生きている。しっかりと見ておきたい。

 

5月14日

ミコトンドリアを入力しようとしたら、巫女トンドリアになりました。面白い! スコトン、スコトン、ドリア、ドリア、なんてリズムが浮かんでくる♪


昨日の夕方の風景も心洗われるような美しさ。今朝の夜明けの風景も、風も無いのに澄んでいて、まるで透き通るよう。雲ひとつない空に、下弦を過ぎた白い月がある。おはよー。


日本の歴史の不幸は、大陸から侵略されたからだという、自分の中にあった、都合のいい被害者意識とその裏返しの優越感。「思考の素顔1」で、それが根こそぎ消えてくれそう。ごく自然に、謙虚になれる自分でありたい。

 

 

 

5月11日

久し振りに来宅した仲間からの希望もあって、9日に恐竜の里と、電子12の畑を見に、車で行って来ました。いくら運転が好きでも、一寸自信が無くなり、5日の予定は一旦キャンセル。でも、何人かの仲間が日記に書いているように、7日の素晴らしい晴天の日から、何かが大きく好転したようで、4時台に起きたままでも元気いっぱい。これなら大丈夫と、仲間にも都合のいい9日に行くことに決めました。
当日は、3時に目覚めたけれど、そのまま眠らずに5時には出発。途中で合流した仲間も3時起きだったらしい。道路も空いていて、ありがたい程に何もかもスムーズ。業者さんにいただいて来た、ドライフラワーになった穂先は、1本だけなのに、大変なエネルギーを感じて何度も見とれてます。帰りには、高速を降りてすぐに、はなまるまであって、真に、はなまるの1日のよう(笑)。

それでも、昨日は、左の股関節が痛くて、長時間の運転は、左足を使わないせいもあって、身体のバランスを崩すのかも知れないなんて思ってしまいました。でも、用事で又運転して往復3時間…。動けない訳では無いので、左足へのリハビリになるかなと、ゆっくり散歩。緑がいっぱいで、小鳥たちが元気で、何とも楽しい時間。

そして、今朝は、もう痛くないのです!? 普通に家事をして、普通に散歩。今日の無有日記に書かれているとおり、こうして、(バーでも)どんどん元気になってくれるのでしょうか…。何も考えずに楽しく動いてさえ居たら、地球が喜んでくれるのかもしれないなんて、改めて勝手に思います。今朝の日記へのヒーリングの反応も大きくて嬉しい。

 

5月9日

ある時、薄雲の加減か、大気の加減か、傾き出した西の空の太陽が、まるで輪郭が無いから、透明な太陽を感じたことがある。眩しくないから、じっと見てられる。柔らかくて、静かで、大きく包まれるような優しい太陽。
ふと、太陽が、かっての透明だった時を思い出してくれたのかなと想像した瞬間でした。勝手に思っただけだけど、何とも楽しい時間。銀河系に最初はひとりぼっちで来た太陽…。それから、ずっと頑張ってた太陽…。「太陽と地球と無有日記」のあるこれからが嬉しい。

 


5月7日

この日の月は面白い。早朝5時前に、まだ暗い西の空に在ったオレンジ色の大きな満月(に見えました)。同じ日の夕方7時過ぎに東の空に出てた、これもオレンジ色の大きな満月! 1日に2度見られたオレンジ色の大きな月! 早起きしたからのこんな偶然もプレゼントみたいに思える日。

 

 

5月7日

夜中に開けた今日付けの「無有日記」
5時前に起きて再読した「無有日記」
そのまま起床して、一段落してから読んだ「無有日記」

読むごとに、エネルギーがアップしてるような気がします。
大阪は、今日も快晴! 五月晴れ!

早くも、次のステージに移行したよう。

元気いっぱいで居られる幸せを、かみしめています。

 

5月3日

この前、いつものスーパーからの帰り道を、反対方向に変えてみたことで出会えた、紺色がかった大きめのラベンダーの花一色だけが一斉に咲いていて、しかも見るからに元気な花壇。嬉しくて2つある花壇に黒岩塩をプレゼントしました。それが見たくて同じ道を今日も歩いてみる。その古くはなさそうなマンションの住人に会えたら、何か聞けるかも知れないけど、今日も誰にも会わない。それならとゆっくり眺めてたら、他の木々は、かなりのダメージ。それなのにラベンダーだけは、花壇だけではなく、敷地の何ヶ所かにも元気で咲いている? 誰のアイデアなのかなあと、興味深々。これからが楽しみ。


今日は薄曇りですが、昨日までの数日は、本当に暖かい穏やかな晴天でした。1日に夫と前に住んで居た町に車で行く。その途中から、目に入る緑がどんどん増えて、八重桜はまだまだ咲いている。ツツジもハナミズキも満開。この花たちがこんなに長い期間咲いているのは今まで見なかったかもしれない。白い小手毬、うす紫の藤の花、桐の花も満開。畑にはれんげ草が、今年はひときわ花色の濃い、しかもびっしりと有る畑もありました。それに野の花も加わって、どこもお花畑状態。その上、園芸店には、ラベンダーも、夏のベゴニア、ペチュニア、アジサイ、日日草etc…。満喫させてもらいました。


寺や神社には付き物のようにある、クスノキの大木は神木になり易いし、公園でもその木は多くて、家のマンションの前庭にもある。夏でも冬でも前にはかなりの頭でっかちで、鬱蒼と黒ずんで見えるその木の空間でした。でも今は木々は弱っているから気の毒なのですが、かなり剪定された新緑の枝ぶりが軽やかで、地面まで太陽の光が入っています。苔は生えにくくなり、特に神社仏閣の地面は喜んでいるかもしれないなんて思ってしまったりします。

 


5月3日

昨日は、初めてマスクをして、道の駅の店内に入りました。午前中なのに満員。入場制限しようかなんて聞こえる。マスク着用も、最初の頃は、遠慮がちな表現で書かれていたけれど、最近は強制のように、入店の時は必ず着用と指示される。私はかなり以前からマスクが苦手。もしかしたら、前の世で、布でも、手でも、口や顔を塞がれた経験があるのかもしれない、なんて本気で思ってしまう程。勿論、無有さんから聞いたのをヒントで、どうしてもの時の為にバックにはいつも2,3枚の市販のマスクを入れてます。昨日はそれを初めて使いました。

マスクをして、店内を歩いていると、不思議なことに、LED照明への拒否反応が消えてしまいました。マスクをしてない状態なら、たとえ道の駅でも、LED照明なので入らないし、さっと一回りして出てくる。それがまるでマヒしてしまい、マスクをしているから大丈夫、何時間でも居られると思ってしまいそうな変な安心感でした。それって恐いこと。判断力の落ちた脳で、買わなくてもいい物に手を出しやすい。しかも長引かせてしまう。後からの無感覚も恐い。
これは私だけの反応かもしれないのですが、結構、仕事の現場の着用でも、付けてたら楽だと耳に入ったりします。でも、脳や身体への影響は、返って安心してしまうだけ、無防備になるような気もしています。案外、ずっと平気で着用してる人は、感覚がマヒしてるか、マヒさせられてるのかもしれない。気を付けたい。

 

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4月29日

生意気みたいで申し訳無いのですが、今日付けの日記を読んだら、無有さんが、又一段と若返ったようで、とっても嬉しい。

晴天の日が続きます。今日は強風も無い晴天。空の雲は、朝のひこうき雲1本だけでした。外出から帰ったら、室内は、温度20度、湿度30%。外はかなりの日差しなのに、べとつく汗も無く、とっても爽やか。

元地磁気人間と電気人間の、無有さんの日記を読んでくれたせいか、夫が又少し柔らかくなってくれたような気がします。
珍しい夫との昼食は、お好み焼き風にしてみました。電子12の全粒粉を6、小麦全粒粉を4の割合に水を適当に、卵1個を入れる。具はコンニャク、キャベツ、ネギ、山芋のみじん切り。味付けは黒岩塩だけ。何だか忘れ物をしたように簡単で楽です。なのに、とっても軽やかで美味しくできました。夫もそう言ってくれる。

洗濯物もすっかり乾いたので、取り入れてたたんで、もう夕方まで自由時間。私の思い付きの候補の中から、夫の選んだ鶴見緑地公園に2時前から行って来ました。そこでの花博は30年近く前に開催されたそうで、行ったとは思うけど、二人共殆ど記憶に無い。乗り換えてからの地下鉄がLED照明で、かなりの気分の悪さ。この頃は、LEDへの反応が再び敏感になってる気がします。
それでも、太陽を浴びて、目の覚めるような新緑を見ながら歩いていると、どんどん回復してくる。近所からか、自転車で来てる人も多いようで、ついぞ見かけなかった、テニス、野球、バトミントン、スケボーなど、思い思いに楽しんでるのも見られて楽しくなる。でも、青空で運動してる時のマスクは、とても??変。

思いのままに歩いていると、広場のある池の周りに夥しい数のカラス。しかも、人間に慣れていて、側に来たまま動かないのも居る。お蔭で、まじまじとその姿を見られました。固そうな黒光りしてる嘴。しきりに瞬きをする目。
フクロウのつがいを連れて来て撮影していた男性。日陰で大蛇を首に巻いて、通りがかりの人たちに写真を撮らせてた男性まで居る。もしかしたら大変な場所なのかも知れない…。届いたばかりの黒岩塩を沢山持参できて良かった。帰宅してからのコーヒーも、とても美味しかったです。

 

 

4月28日

昨夜、今日付けの1番にアップされた日記の「ウイルスバー」(婆?)が面白くて、吹き出したまま、暫く止まらなかったです。今日包んでいても、両手の反応がずっと終らない。くっくと笑ったまま。

 

 

4月27日

昨夜は早めに「無有日記」がアップされたこともあって、早めに眠りに入る。夜中の3時頃に、無有さんの出てくる夢の途中で目覚める。それからヒーリングをしても眠れないので、パソコンを開いて、日記を読み直す。あれ、憶えていない? 時々ボキンボキンと身体のあちこちで反応。
その内、又寝入ったようで、又、無有さんの出てくる夢を見たようだけど、内容は覚えていない。本当は夢は見なくていい物。なのに、今朝は今まで以上にとっても元気?。こんな夢ならいつでも見たいなあと思ってしまう。でも、無有さんに依存し過ぎかなあと、気持ちを改める。

仲間が前に、勤務先のトイレの詰りまでも、黒岩塩がさりげなく改善してくれたと書いてました。夫はまだ湯舟に浸かりたい派なので、黒岩塩入りの湯水は、洗濯機に運んでも、毎朝かなり余る。ベランダに撒くのは禁止なので、ふと数日前に思いついて、筋トレも兼ねて、ベランダの雨水用の排水溝にバケツで運んで、大半を静かに流しています。こぼさないように、滑らないようにの作業なので、両腕を使って、結構良い運動になる。まだまだ、メンテナンスの続いてるこのマンション。太陽を一杯に浴びながら、岩塩さんよろしくねと流す瞬間が、今はとっても楽しい。

 


4月26日

ビックリするような、呆れるようなことが、当然の事として毎日のように明らかになるこの頃。 


今日は、無有日記にあった「生命本来」を読み返しました。途中、辛くなって暫く休止。まだまだ、淡々となれない自分がいます。悲しい歴史。
国の宝みたいに思われてる(思わされてる)人物が、人間の心を持ってないとしたら、どれだけの人が権威を笠に着て、好き放題できていたのか…。きっと、今も、現状維持にしがみつきたい大勢の人々。

 

 

4月25日

大阪は、真に、今日付けの「無有日記」に、書かれているように、太陽と遊ぶのに最適な日。朝から雲一つない晴天! 

ずっと、亀がウジャウジャいた風景が頭から離れなくて、爬虫類も夜行性と知って納得もしたのですが、多分、そのきっかけだった経験の気がする寺があります。散歩がてらに、ずっとそのイメージの離れない場所に、明るい太陽と一緒に行ってみました。暑くも寒くもなく、本当に爽やか。行き交う人々もとても静か。拝観停止中なので、少ししか人の居ない広過ぎる程の境内の一角にその池はある。そこには、そこそこ人は居たけれど、軽やかに太陽が降りそそいでくれてる気がして、境内を歩いても、亀たちを見ても、おののく程の気持の悪さは感じない。自分が変われたのかな?

ゆがめられた仏教も、きっと好転するだろうこれから。そう、仏陀と道元さんがいる。

 

 

4月24日

昨日の黒雲と寒風の、太陽に対してのせめぎ合いは、かなりな物に感じました。入日に近づく頃の黒雲は、殆ど空全体を包んでしまったよう。車での帰宅途中で、時には雨も霰かと思わせる程の冷たさ。なのに、前方のビルの間からは、突然、オレンジ色の鮮やかな強いエネルギーの光が見える。交差点を左折してからは、フロントガラス一杯のように大きな太陽の光り! 分厚い黒雲の大きな隙間から、強力な光りで街を照らす太陽。車庫入れを済ませて、部屋に入ってからベランダで見た太陽も、今までに見たことの無いような大きなエネルギーを感じさせました。唯々夫と歓声を上げるだけ。見とれていました。まるで、その日の「無有日記」そのもの…。

今朝、夜中に目覚めることも無く、5時半頃に目覚めて見た太陽は、一転して、柔らかな風船のよう。その上に、小さな三日月眉がふたつ並んでいるような雲があって、まるでアンパンマンの顔のよう。又もやの茶目っ気に、朝からとっても元気いっぱい♪
昼間は仕事で太陽をあまり見られない人も、この季節は、早朝も夕方も太陽があって、直接に沢山エネルギーを浴びられそう。


この時期だからなのか、いろんな人との出会いが続きます。昨日は、フランスから来たと言う男性と日本の女性とのカップルでした。私の初めての海外旅行が、パリ2日間とロンドン2日間の旅だったので、懐かしくてつい話しかける。マスクをかけない人には話しかけられたくない人も多いのだけれど…。
フランス語も日本語もお互いに堪能ではないらしい。なのに、今は入力さえしたら、直ちに英語や母国語に翻訳してくれる装置付きがあるので、意思疎通は返ってその手段の方がスムーズだと言われる。
あいにく「ゼロ感性」を持たなかったので、チラシと、Virus (2020)の途中までのプリントを受け取ってもらう。昨日の分の日記コピーも渡す。男性は、インターネットで、英語に変換して読んで見ると言ってくれました。


今は、そういう方法で、瞬時に世界中の言葉に変換された「無有日記」が読まれるのかと、ふと、10,000人以上居るという世界の仲間たちの存在を思う。

日本人でもなかなか読もうとはしない人の多い「無有日記」だけれど、異国から来た男性が、英語に翻訳させた文章を読んで、どのように感じるのだろうか…。今は彼女に頼ることの多い、慣れない日本での生活だと思うけど、Virus(2020)だけでも、二人に役立てて欲しい気がする出会いでした。

 

 

4月21日

誕生日前日に宿を予約してあったのですが、夫はその前日に、テニスから帰宅したら、風邪かな?みたいで、かなりの鼻炎症状。静電気を溜めこんでもいるような気がして、早朝に目覚めた時には、キャンセルしようと決めていました。おまけに起き出したら、台風並みの強風と雨。雷まで鳴る。慌ててベランダの鉢類をしまう。ところが朝食の頃には、静かになり、分厚い雲の1ヶ所が明るくなって、太陽まで顔を出してくれる。これはまあ、車なので行こうかと、ブラックとレッド岩塩を沢山積んで出かけました。計画も余り無い今回も、急変したりする気候の中を、太陽と会話しながら(のつもり)の思いがけなさが一杯の両日になりました。

奥琵琶湖周辺は、例年ならさぞかし大賑わいの桜の名所と並木。そこにある寺の立札には、後の為政者は、これ程に自らに都合よく、歴史をゆがめられるのかの見本のような文章。敗者を皆殺しにはしなかった明智光秀がそんな理不尽なことをする筈もない…。慰めてくれるのか、感情的になるのを戒めてくれるのか、太陽の明るい暖かさが照らしてくれました。
その後に行った、北にある余呉湖の満開の桜(杏?)と、まだ3分咲きの八重桜も1周しながらゆっくり満喫できました。20年振り以上かもしれない。

翌日は、私の思い付きで信楽の里へ。ところが、夫はかなりの不機嫌さ? 行かせたくない何かがあるのかなと勝手な判断。なだめながら(笑)行く。途中の道の駅では、何種類ものラベンダーが売っている! 見事に満開の大鉢の300円引きを値段と勘違いして、一瞬買おうと大喜び。人にまで勧める。しかし、素晴らしく美しいラベンダーの大鉢でした。結局、300円の1鉢だけあった、ピンクがかったのを購入。

以前に行ったことのある陶芸の街では無く、夫は、紫香楽宮跡をカーナビの行く先に入れたようで、静かなその場所に到着した時には、又しても大きな太陽の光が差してくれる。それだけで嬉しい。誰も居ない。鶯がゆったりと鳴いている。聖武天皇ゆかりの宮と案内には書かれている。強風も止んで温かい、礎石だけある跡を、ただ思うままに歩く。山火事や地震で、奈良に遷都と書かれていたけれど、私には詳しいことは分からない。ただ、岩塩を喜んでくれたのは確かな気がする。ゆっくりと1周りしてから、車に乗ろうとしたら、青い空と白い雲の間から、太い1直線のひこうき雲が斜めにある。小躍りしてしまう。それだけで、行けて良かったと思ってしまう。帰りは直ぐ近くから、ガラガラに空いた高速に乗って、昼過ぎには自宅に到着。今回もこれ以上は望めないだろう旅になったのでした。

 

 

4月15日

大半の商店が閉じたらしい、心斎橋筋を歩いてみました。何度も利用してた、2階にある喫茶店も閉店していました。それでも、東京の街の映像の風景よりは、人通りがあるように見えます。開店してた家具店には、来店の際には、マスク着用してと書かれてる。


久し振りにビッグイシュー(4月から450円に値上げ)を、初めてのおじちゃんから買う。人通りが少なくなったので売り上げが減ったと言われる。寒かった雨の2日間は、殆どの仲間が売り上げ0(ゼロ)だったらしい。それでも、それを聞きつけて助けてくれる人がいたそう。時間がたっぷりあるのか、こちらも時間はたっぷりあるからか、ホームレスの人の世界から見えることを、マスクを下げて、延々と話してくれる。目からうろこの話しもあって面白い。人間の姿はしてるけど、人間では無い沢山の人の存在の話しも…。かと思うと、何気ないのに珠玉のような人も居る。おじちゃんの話しは途切れが無いので、離れるタイミングを逃してばかり。途中で、LED照明の所はなるべく避けてねと言えた。

ウインドーにある大きなマネキンが、男女とも服を脱がされたままの店が幾つかありました。いつ再開するか分からないとの貼り紙なので、せめて、布や紙などを着せといてあげて欲しいなと思います。

 

 

 

 

 

4月15日

前日からの思い付きで、昨日は京都の娘の所に昼近くから向かったのですが、殆ど乗客の無い京阪電車からの空は、行くほどに透明感が増して、今日付けの無有日記の、「空気は優しく、太陽は元気。とても平和な感じがする。」のそのままを満喫させてもらった気がします。自宅待機も、その間に、太陽の光りを一杯浴びましょうキャンペーンなら良いなあ。

帰りに哲学の道を南に下って歩く。人通りの殆ど無いそこには、ソメイヨシノの桜は終ってるけど、山桜、八重桜、それに、モミジの新緑が、昼下がりの太陽の光を受けて、息を飲む程に心に沁みて美しい。外のカフェで、真っ青な空と木々を飽かず眺める。そして、次には、なんと元気な鶯の鳴き声か! ご近所らしい女性と、暫く盛んに鳴く鶯の姿を捜したけど見つからない。でも、どんどん楽しくなる声。

途中、去年の台風で崩れたと言う、暗さと重さを感じる場所があって、かなりの倒木も見える。観光客が多い時には気付けなかった場所。2匹の猫の奇妙な声まで聞こえる。道では、猫にエサを与えてる女性もいる。手強いので、無有さんのワークにお願いする。行けて良かった。

所々、開いている店もあって、店主やお客さんと縁して、Virus (2020)のコピーを、まだ途中ですけど参考にしてくださいと表現もできたりする。いつの間にか、永観堂に着く。ここは、今は無いけど、最初に訪れた時に庭の目立つ所にあった、道元さん生誕の地と大きく書かれてた柱を思い出す。なので、勝手に道元さんに縁のある場所と思ってる。拝観は中止でも、庭は自由に入れる。静かな苔だらけの庭も、流れる池の水も、太陽を一杯浴びて気持ち良さそう。沢山のモミジの新緑が美しい。

夕方帰宅したら、西に夕陽。東のビルの窓にも夕陽が反射。2つの大きな太陽がありました! くるくると好転した日。そんな気がしています。

 

 

 

4月7日

夕餉の支度の手を休めて、東の空の、まだ太陽のある白い大きな満月を見つめていました。すると、あまり飛行機らしくない形の飛行機が飛んで来て、月の中心辺りを、右から左へゆっくりと通り過ぎて行きました。見とれていたら、その直ぐ後に、何時の間に居たのか、小さなハエが、ガラス窓の内側を、下から上に、月の中心辺りをゆっくりと登って行きました! 楽しませてもらっています♪

 

 

4月6日

1泊して4時頃に帰宅した時には、まだ雲一つない晴天。用事を済ませ、一息ついて空を見たら、南の空に横一直線のひこうき雲。それだけでも嬉しいのに、傾き出したレッドオレンジ色の太陽を見にベランダに出たら、まだ眩しい太陽の周りに、何本ものひこうき雲! 空を見渡せば、どこもどこもひこうき雲が様々な姿を現している! 描かれている途中のもある! 太陽とひこうき雲と白い月だけの空の世界…。夫も呼んで、しばし見とれたのでした。


夫の誕生日に丁度良いからと申し込んでいたツアーが、前々日に中止と連絡が入りました。夫は、それなら白浜に行こうと言う。奈良の山中を通り、これ幸いと、くじらの太地町経由で、白浜に1泊して来ました。道中も驚く程に空いていたのですが、道の駅だけは、バイク集団と沢山出会う。バイクのツーリングは、Virus の影響を受けないのかな? 時間にゆとりのある宿のスタッフから、いろんな形で誕生日を祝ってもらえて、何よりの夫が嬉しい。

何度目かの太地町では、不自然な程に沢山ある真新しい住宅地を通って、前に行った海を見下ろせる場所に行くつもりでした。なのに、灯台とクジラの慰霊碑がある公園に着きました。灯台が嬉しいからここでいい。でも、なんでこんな目立たない場所に慰霊碑があるの? 先端には、昔にのろしを焚いたらしい凹んだ場所もあり、その先を行ける所まで降りる。陸から離れた岩には、釣り人が数人。
和歌山県に入った頃から、透き通るような晴天に変わってくれたので、適度の強風に打たれながらのそこからの景色は、例えようも無く清々しかったです。くじらさん、また太地町に来れたよ!

春休みなのに、ホテルも驚く程の客の少なさ。前日から再園したらしいアドベンチャーワールドもかなりの観客減らしい。快晴なのに予定も無いので、黒岩塩を沢山持って行きたくなる。しかし、何と高額な入場券。これだけの額を、広大な駐車場を溢れる程一杯にする人たちが払うのかと、今更に観光客の大きな影響…。


午前中は、動物たちの食事時間らしく、飼育係の人たちが、干し草や果物を運んでいる。若い女性飼育員に、干し草だけであれだけ大きくなれるのに、なんで私たちはいろんな物食べるんでしょうね、なんて言ってみる。その女性も同感で、でも、つい、食べたくなるんですよね、なんて笑い合う。夫にも、小学生に言うように、ほら、草だけであれだけ大きくなれるでしょう、なんて、象、犀、キリン、カバetc(笑)。パンダの所も、殆ど観客が無くて、ただ普通にササを食べている。

動物の大好きな人たちは、絶対に行きたくない動物を囲った場所…。思考を働かせたら、辛すぎる場所…。しかも、どこの施設も建物もLED…。なのに、普通に動物たちに会わせてくれてありがたかったです。唯々、10年先の未来を思います。

 

4月4日

昨日の午後、夫を誘って、大川の桜を見に行って来ました。縁の無かった地下鉄駅を乗り継ぐだけで、小旅行気分。両岸と公園にもある桜は、予想以上に殆ど全部満開で、しかも花びらは少しも散っていない。
毎年、3月下旬から、4月中旬までの、位置的に並んである造幣局通り抜けの八重桜と葉桜まで、露店や屋台、観光船も多数出て賑わう、大規模な観光スポットの場所です。でも、今年は露店も屋台も1軒も無い。それだけにただ、桜桜だけの世界みたいで、もう咲き出したツツジがアクセントのよう。

着いた頃から雲が薄くなって、とっても明るく、風も殆どなく穏やか。幼い子を連れた親子さんが多く、人工的な大きな音も無い。みんながゆったりとして見える。河に向いているベンチに腰掛けてたら、ハトがエサを貰えるかと沢山寄ってくる。エサはやらないで下さいと書かれてないから、あげたいけど何も無いと思ったら、入れ忘れてた電子12のフレークがバッグに入っていました。どんどん寄ってくる。手のひらからでも食べる。スズメも後ろの方にいるので、遠くにも投げる。美味しいよね。よちよち歩きの女の子にあげたら、同じように撒いている。お母さんも楽しそう。

桜の木の幹を見たら悲しくなる程のダメージです。でも、花は健気に元気に咲いてくれてて、本当に美しい。こんな静かなお花見が良いなあと、ここでの商売を生業にされてる人には申し訳ないけど、本当のお花見を満喫させてもらえたような時間でした。

 

 

4月4日

一体、どれだけの沢山の人たちが、今回のマスク対策に、情けなさを感じたことか!・・・。

 

 

4月2日

2012年にスタバが島根県でも開店し、無いのは鳥取県だけになった時に、知事は、「スタバはないけど、すなば(砂丘)はあるよ!」の名言(?)で、県民のいじけそうな気持を笑いに転回したそう。
今はスタバも出店していますが、知事の言葉がきっかけでできたような、「すなば珈琲」店も、かなりの出店数で、県民のコーヒーの消費量もかなり伸びてるらしい。

無有さんもワーク中にかなりの冗談やジョークを言われる。その時分からなくて、後で説明を聞いてその面白さを理解できたりもする。
ある時、何気に、「地球を救うって、スプーンですくうのか?」と言われて、仲間の殆どが爆笑でした。世界中の様々な活動家が、いとも簡単に唱えている「地球を救う」というキャンペーン。それと重なって、思い出しては笑ってしまう。
面白いから絵にも描くけど、スプーンが描けない…。残念…。散歩の途中で交差点の中で偶然に出会った仲間が、娘さんの描いたステキな絵の手提げを持っていました。専門の学校に通っているらしい。ふと、それを思い出して、頼んでみる事にしました。


自分の中から、やっと楽しさだけで、結果を期待する気持が無くなってきたような気がする東京ワーク後に、その絵は出来上がりました。私は若い人が好き! 若い人の感性は純粋で面白い。

 
その絵をTシャツにプリントしてくれる業者さんがあるそうなので歩いてみる。直ぐに出会える。しかも、店にある白Tシャツだけは綿100%。ワークに間に合う。CDに入れてくれたので、これから縮小拡大も自由。しかも色んな物に印刷が出来る。何も分からなかった私には、楽しい一連の経験でした。

ともあれ、私の中では、「スプーンですくうのか?」の無有さんのジョークっぽい言葉で、大層に地球を救うという目線では無く、軽やかに地球と一緒に生きる幸せと面白さが、更にインプットされたような気がしています。

 

 


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3月30日

無有さんが、今回もワーク中に、くれぐれも無理はしないようにと言ってくれました。でも、正直、私には無理はしないということが、具体的にあまりよく分からない。きっと無理したことが無いのかも知れないのですが…。立場も感じ方も、人それぞれなのはかろうじて分かるのですが…。でも、かなり暴走しそう(らしい)ので、「無有日記」の回転の妨げにだけはならない自分でいたいです。そして、地球の大きな好転反応なのだろう今を、しっかりと見届けたいと思っています。

ワーク前々日の夕方、1歳3カ月の女の子を、1時間半程預かりました。お母さんと離れても、直ぐに泣き止んでくれたのですが、1月に預かった時と全然違って、ただおとなしい、動かない、表情が無い? 夫と2人で暫く見守っていたのですが、手持ち無沙汰というか、どう反応していいか分からずに途方にくれてしまいました。
夫は飽きて、ピアノを弾く。さてさて? 先ずはオムツの確認。オムツも濡れていても、今のオムツは触っても分からない。慣れないので重さで判断。この一見快適で、尿が出ても違和感の無いパンツ式が、一般的にオムツ離れが遅い原因のひとつのような気もします。

1時間近く過ぎた所で、やっと、こっちのペースで遊んでみる気になりました。あげようとポーズした手をわざと引っ込めたり、一寸でも歩き出したらしめたもの。大げさに追いかけてくすぐったり…。その内、きゃきゃっと声を出して笑いだす。ヤッター! 声を出して話そうともします! やっと子供らしい子供になってくれたみたいで、こちらもどんどん楽しくなる。
若いご両親が迎えに来た頃には、とってもご機嫌でニコニコ。お母さんから、帰り道も本当に元気で楽しそうでしたとお礼のメール。

この女の子の様子が、昨日のワークで、楽しそうで元気にしてるのが後ろめたい最近の世相という話題と繋がって、理解できたような気がします。今、ニュースでは、Virus の深刻な内容ばかりが多い。きっとご夫婦共、不安が一杯で、最近は朗らかに笑ったり話したりする気にはなれなかったのではないか。それが、急速に変化回転する時期の女の子の感性をストップさせ、後戻りまで感じさせたのではないかと思います。もちろん想像ですが、恐いことです。こんな時期だからこそ余計に、身近な家族は、普通に元気で笑顔いっぱいのまま、子供さんと接して欲しいなと切に思います。

 

 

3月28日

1年近く仮のままだった、隣家とのベランダの隔て板が取り付けられました。LEDの影響もあって劣化の進む沢山の集合住宅。いろいろあるだろうこれからを感じています。

ともあれ、ベランダに草花も置けるようになって、ホッとしています。室内に移動させていた鉢植えの殆どが枯れてしまいました。太陽のエネルギーの偉大さです。

仲間が日記にアップしてくれたからか、鉢に植え替えた、彦根で購入できた入荷したばかりのラベンダーは、今朝、蕾だったのまでが一斉に咲き出してくれました! こんなに美しい花だったのかと見とれています。
先週だったか購入してた、見切り品で、葉っぱも傷だらけ、辛うじて2つ咲いてた白い花も終わりに近いようなサイネリア(シネラリア)も、もう花は終ったと思ったのに、いつの間にか、白ではなく、赤紫の蕾が沢山出て来て、今朝、鮮やかに開いてくれました! それが、何と、中心が白くて縁が鮮やかなえんじ色! どうなってるのでしょう?? これも見とれています。ともあれ、どちらも、もう直ぐベランダに出せそうです♪

ラベンダーを購入した店は、娘が彦根に住んで居た時に、何度か行ったことのある懐かしい店。チラシも受け取ってもらう。ラベンダーの丈が高いので、入れてくれたビニール袋から花がはみ出てる。ぶら下げると花が痛むので、自ずと下の土を持って、捧げるように持つ。途中、京都の街でも、遅延して混んで立っていたJRでも、そのまま(笑)。電車では周りの人の殆どがスマホを観たり、居眠ったりしてる中でのラベンダーは、誰にも関心を持たれないようでした。それでも、みんなに美しさと香りを与え続けていたラベンダー。自分も「無有日記」と共に、普通にそうなりたい。ワーク前だからなのか、より強くそう思います。

 

 


3月24日

今回の鳥取行きは、行きが青春18きっぷ、帰りが息子宅に預けてたマイカーに、かなりの荷物を積んでの、息子と同行の旅でした。その帰りのサービスエリアや道の駅のトイレでは、連続して使用後に水を流していないトイレに出会いました。しかも、3つと2つ並んで…。
旅に出ると、まるでトイレ掃除をする為に入ったのか、みたいな場面に遭遇したりするけれど、今回に共通しているのは、どれも使用後に水を流していないトイレ。

最近のトイレでは、自動で流れます、扉を開けたら流れます、との説明書きのトイレもあります。もしかしたら、それに慣れてしまった人たちが使用した結果かもしれない今回。この対策として、又ここでも、自動で流れるシステムのトイレに変えて行くのでしょうか? 大げさかもしれないけど、負のサイクルを感じます。それに、なんと操作がまちまちのトイレがあるのか! 今回の3つ続いて流して無かった和式トイレは、流すためのボタンが横の壁の下の方にあり、小さくて目立たず、しかも強く押すタイプ。押す度に、流れてない便器に顔を近づけなければなりませんでした。

 

 

 


3月24日

2年間の筈が、8ケ月延長された息子の日本海側での単身赴任が終ろうとしています。地方勤務で時間にゆとりのできた息子の運転で、自分だけでは行けなかっただろう場所まで行けたこの期間は、まるで大きな贈物をいただけたような時間でした。最後に3泊して来ました。

何度か日本海側に行ってて、一番ショックだったのは、福井県の若狭湾にある、地図上ではまるで原発銀座のような地域です。知らなかったです。LEDの影響が深刻で、鉄やコンクリートまで急速に劣化させている現在。コンクリートの建物の、待った無しの空恐ろしさを感じています。この2020年がひたすらに嬉しい。

晴れた時の日本海の美しさ! 強風の時の海の荒々しさ! 今回も天気に恵まれ、引っ越しの手伝いもゆっくりしながら、これまでに行かなかった美しい場所にも偶然行けました。
そこは遊歩道で崖の下まで降りられる場所。朝からずっとカラスの声が途切れずにあったのですが、陽の傾き出した時に、余りの桜の見事さに誘われて、車から降りて歩き出した時の、かなりの数のカラスの怯えたような鳴き声。物凄くて、その上空にはトンビまでが数羽いました。崖の下まで声は続きました。でも、途中、満開の大きな山桜があり、美しい広い海が見渡せる、素晴らしい場所。過去に何かあったのかも知れない…。戻って車が走り出した時に見えたオレンジ色の太陽は、ビックリする程に大きく明るかったです。喜んでくれたのかな? 行けて良かったです。

鳥取砂丘は、その昔、川の上流で砂鉄を取る度に流した、大量の土砂が原因で出来たのだと知りました。強風は容赦なく砂をまき散らしています。今は、砂丘を観光資源にしていますが、元は人間の作った負の遺産。どこにでも防風林として松が植林されていることが皮肉です。ここでも、かなりの植林がされていました。大変な費用と人出。幼い苗は、砂に半分も埋まっていました。
歴史的に、まるで、松がこの国を守ってるような錯覚を抱かせます。巧妙な歴史です。初日に一人で行った時は、暫くそこに立って、そんなことを、地球とお話しした(つもり)のでした。

 

3月18日

東京ワーク前日に、改めて、「仏陀の心」1〜10までを読み返しました。私には、まだそこからのスタートが必要だったようです。とても素直にワークに参加できたような気がします。

 

3月18日

東京ワークに発つ前夜に、珍しく故郷の姪から電話があったので、翌日に寄ってみることにしました。電子12個の食物を使った菓子工房や、最近は餃子のテイクアウト店も出来たらしい。
思いがけず、晴れ渡った車窓から、関東平野の北にある雪の男体山が見える! 懐かしい! 今更ながら、関東平野って広いなあと思います。

退職して時間のある姪の運転なので、気の向くままに案内してくれる。菓子工房も餃子も店はLED照明だったけれど、軽やかな味でホッとする。勿論、チラシ類も受け取ってもらえました。
ずっと行きたかった隣町にある石灰の山。今でも、大きな採掘工場が幾つもあって、稼働し、ダンプトラックが石灰のほこりを巻き上げながら行き来しています。昔の記憶程は白く無い町。
その先の北の町に、四姉の入院している病院があるそう。予定も無くそこまで行けたのですが、ウイルスの関係で面会お断りの貼り紙でした。電話も通じない。その頃から、空には黒雲。冷たい突風。時にはみぞれ??。こういう事になると又行きたくなる(笑)。
帰り道は少し穏やかになったので、思い出の場所に寄りながらの気ままなドライブ。10歳位しか違わない姪だけれど、色々身体の不具合が出ているらしい。元気な叔母さんを見習いますと嬉しいメールをくれました。

今回は、巨漢みたいな、まるで肉食恐竜を思わせるような(ごめんなさい)西洋人にも何人か出会いました。帰国できないのかな? 地球全体が好転するこれから…。「無有日記」と共に、何が起こっても淡々と楽しませてもらおうと、改めて思えた旅なのでした。

 

3月12日

相次いで魔法瓶が壊れて、楽しみながら購入した筈なのに、家に置いてみたら存在が大きくて、かなりの違和感だったライラック色の500cc入れ。しかも、熱湯を入れたのに、瞬間に周りが熱くなり、明らかに不良品。選んだ自分の責任かなと、少し億劫にも思いながら、保証書も領収書もあったので持って行ってみました。どこかに、違う色が手に入ればなあと浅はかに期待する面もあったけど、同じ色のを出してくれる。しかも、それが不良品だかの確認も、新しい物が大丈夫かどうかの確認も無く渡され、大丈夫なのかしら? 又、不良品ならあきらめようと持ち帰りました。
ちゃんと保温してくれる。ホッとしたけど、色と形の違和感(ボーリングのピンみたい)は自己責任だよねえと諦める。ところが、テーブルのティッシュペーパーが切れたので、ライラック、ラベンダー、白色の箱のに替えた途端に、違和感が消えて、邪魔でも無く、部屋に溶け込んでくれたようなのでした! 何度も確かめてみる。何でそうなるのか分からないのですが、もしかしたら、無有さんの薦めるラベンダーには、香りだけではなく、色も、辺りを和らげ、活かす役割をしてくれるのかなあと思ったりしています。

 

  

 

3月8日

無有さんが大阪ワークで夫に意識を向けてくださったからなのか、この所、夫繋がりでの一緒の行動が多い。昨日は、朝から夫の縁での難波ネギの収穫祭。前日は久し振りに元住んでいた街に泊まることにしました。1人先に行ったのですが、昼頃着いてからは、ずっと雲1つ無い快晴。青い青い空でした。

その日、夫と一緒に見た夕陽も、本当に美しかったです。春は日がゆっくり沈むので、長い時間満喫できました。

半分冗談に、「本当にいい天気だったけど、ひこうき雲が無かったのよね。」と夫に言う。そしたら、少しして太陽の左上に、まさかの、鉛筆1本位の小さなひこうき雲がひょろひょろと描き出されたのでした!! 思わず吹き出してしまう。信じられない!! 夫も笑いだす。嬉し涙がこぼれそうになりました。それだけでも十分なのに、沈んだ後のオレンジ色の空に、横に何本も細いひこうき雲が現れました!! 本当にお茶目な太陽さんです。こうして何度も遊んでもらっています♪

翌日の収穫祭も、開催中は雲1つない快晴。無農薬のネギの根は逞しくて、掘り起こすのに結構力がいったのですが、疲労の回復も早い。自分で自分の身体の変化に驚いています。

 

  

 

3月6日

一昨日は、「直感」(1〜5)を読む。昨日は、お腹の調子が悪いので、おとなしく家に居て、「太陽の音楽(7)」を読む。それは、新たな反応を一杯して、無有さんの大きなエネルギーを改めて思いました。少し横になったら身体も心も回復。夜と今朝は、「太陽と地球と無有日記」を通して読む。かなり元気になりました。今日の太陽は穏やかに暖かい。

直感を連れて、宇宙に行きたい。そう思って読み始めたけれど、それは、まだ無理かも知れない。でも、自分の中で、又何かが動き出したような気がします。夜行性動物は、本当に要らない。「太陽と地球と無有日記」を、もっとしっかり読もうと思います。

 

2020年3月2日

今回のふと思いついての鳴門行きでも、思うままに行動する夫が、まるで水先案内人の役目をしてくれてたような気がしています。私一人では、とても足が向かなかっただろう場所にも行くことができました。

過去にはかなり往復してた、阪神淡路鳴門道。その殆どが通過するだけの道でしたが、今回は、思いつくままのゆっくりした旅になりました。


淡路島では、巨大な施設に思える、その地下駐車場に何だか知らずに入ってしまいました。歩いてみると、まだ完成もされていない場所もある。でも、かなり劣化もしている。これからこの広さをどう維持していくのだろう。全国にこんな施設がかなり沢山あるようにも思われますが…。

もう1箇所は、本当は違う目的でその方向に車を走らせていたはずでしたが、砲台跡もある見晴らし台が気になって、一寸寄ってみることになった場所。見晴らし台からの景色が曇っていても美しい。夫が、もう一つ奥にある見晴らし台に向かいました。その途中の窪みもある雑木林は、幹も根も、倒木も、まるで全部がヘビのよう。さすがに夫も何だか気味が悪いなと言う。その近くに、真新しい鳥居と祠。ブラック岩塩を沢山持参してて良かったです。どんな事情か分かりませんが、その土地が少しでも楽になってくれたらいいなと思います。


翌日はありがたいことに晴天。四国に渡っての鳴門のうず潮見物は、私の希望でもあったのですが、ラッキーなことに、満ち潮最終便だという遊覧船にも間に合いました。小さな船でした。船長さんは大変だろうと思うけれど、私には小さな船の方が、海が直接伝わって来るようで嬉しい。狭い海峡なのに、深さが90mもあるそう。無有日記にあった、日本を守ってくれてる海を思います。
まだ大潮では無いそうですが、いろんな渦が沢山湧いてくる様をじっと見ていると、吸い込まれそう。過去に色んな目に遭った人たちを思います。その渦は全部右回転…。引き潮は左回転になるのかな? いつか、左回転を見てみたい。
鳴門大橋を、歩いて海峡を見下ろせる道もあって、長い距離を歩きました。ここでも、それ程多くない見物客の殆どが日本人。小さな子供さんたちが可愛い。風が通るように設計されてるようで、海峡を見下ろしながら歩くのは、迫力があって、とても気持ちが良かったです。


海岸周辺は、至る所が階段や段差があるのに、普通に夫の早さに付いて行ける足になっています。翌日の筋肉痛も無い! 身体が段々と、元気な地球の一部(?)になってくれてたら嬉しい。

 

 

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2月27日

大阪ワーク前にもあったワーク後の余りのハッピー感に、ソワソワわくわくと落ち着かないような日々。それが、今日の無有日記で、やっと治まったようでもあります。

名所旧跡と言われる観光地の庭園に定番のようにある、滝を模した築山の池の流れ。京都でのそんな池の中に、小さなブラック岩塩が転がって入りました。すると直ぐに、かなり耳障りな大きなザーザーという水音だったのが、柔らかいせせらぎのような音に変わったのでした! 夫も感じた程の水音の変化。思わぬ楽しい変化でした。

もう1年近くになるのでしょうか? ブラック岩塩を自宅の浴槽に初めて入れた翌朝のことです。いつものように掃除しようとしたら、訳も無くワクワク感が伝わってくる、湧いてくる? 浴槽の岩塩入りの残り湯が喜んでいるようなのでした。この先は、流れて行くボクたち(私たち)に任せてねと言ってくれてるよう。
勝手な想像かもしれないのですが、その日以来、ずっと、ブラック岩塩水は、このマンションの排水溝を浄化しながら流れてくれてるのではないかと思っています。黒岩塩がワクワク感でそう教えてくれたようでもあります。そして、下水へ、川へ、海へと繋がります。岩塩さん、ありがとうです。

正に、何もせんもんか、みたいな情けなさを感じる学者さんに思ってしまったことがある、長年、海の研究と運動をされてる方。いつも、最近海が元気が無いと嘆いていました。役立つかもとLEDの影響ではないかと伝えたら、まさかの即否定。間を空けての2度目は、かなりの怒りを含めた、絶対にLEDの影響ではありませんとの断言。それでも、読んだ何人かは、本当だったらほっとけない事実と感想を書いてくれてました。心ある人には、そんな伝わり方もあるのかなあと、嬉しかったのを覚えています。
その学者さんが、最近、長年海と関わっているけど、こんなに透明感のある海は初めて見たと、瀬戸内近海の映像をアップしていました。何枚かの映像には、海水や海中の藻が美しく透けて写っていました。
1年余り使い続けた仲間たちの岩塩に乗った大きなエネルギー。それが地中に、川に、そして海に注がれている今がある。そんな気がして、秘かにガッツポーズをしたのでした。地球を思い、海を思う、ブラック岩塩やくじらの計り知れないエネルギー。

私たち人間は、この地上で何ができるのか? はやる気持ちを抑えながらの日々でもあるのですが、「無有日記」と共にいて、心身はどんどん元気になってくれてるようです。幸せです。

 

2月19日

行こうと思えば何時でも行けたのに、延び延びにしていたパスポート10年継続申請。何億年とか、何千万年前とかの無有日記の内容が多いので、10年はあっという間に思えたりする。何も用事無いので行って来ました。たまたま結婚50周年の日。いい記念です。
昼近くに行ったら空いていたので、とてもスムーズに終わりました。この年齢になると、多少の不備は大目に見てくれるようで、気持良く訂正もしてくれる。補足もしてくれる。この頃、若い人たちのそんなホローを多く感じて、甘えてはいけないけど、ありがたいなあと思っています。それでいて、若い人に命令口調で指図されるのは、あまり気持ち良く無い…けど。

手続きの後に、思いついて近くの大阪城公園内をゆっくり歩いてきました。久し振りです。ここも中国人観光客が殆ど居なくて、前回行った時とは別世界のよう。昨日までの不気味に思える程の黒雲も全然無く、透き通るような空が広々とある風景。今朝の無有日記が原因なのかなと思ったりする。白い薄い雲もひこうき雲もあって、いつまでも見ていたいような美しい空。ベンチで日向ぼっこみたいに、ゆったりとした時間を過ごしました。公園でのヒーリングも気持ち良い。

先に見た西の丸公園の広場は、LED照明のイルミネーションがかなりの規模で設置されていました。昼間見ると、いかにも安普請に見えてしまいますが、夜は別料金なので、かなり賑わうのでしょうか? 沢山ある桜の木は、まるで全部が枯れる寸前のような姿…。
女性が、6,7羽のカラスに餌をあげているのが出口付近から見えました。カラスにエサをやる人を初めて見た気がします。ビックリです。

城の反対側にある梅林にも行ってみました。今年は暖かく、早くも満開に近いこともあって、ここはそれでも人出が多い。近づくと梅の花の懐かしい香りがしてきて、いつの間にか、自分の嗅覚がかなり回復したのを改めて知りました。暖かさに乗った、甘い香りが嬉しい。

今回ゆっくり歩いてみて、大阪城周辺の面積の広さを、改めて知った気がします。これからも感じるだろう、色んな違和感を大事にしたい。

 

2月17日

「どうしてこんな風にしてるんですか?」 スイッチにテープをしているのを見て、不思議に思われた業者さんの質問。突然、ガス給湯がおかしくなり、湯舟の追い炊きや、床暖房が出来なかったのですが、1週間程しての今日、修理に来てくれました。私はシャワーなので平気でも、夫は大変辛いみたいな入浴時。
「LED照明が全然駄目なんですよ。」と答えて、自然にチラシ類も受け取ってもらえました。その方も、最近目が疲れるし、視力も落ちてるとチラシに納得された様子。伝えようとか構えなくても、こうして表現できてる事が多いこの頃。

しかし、部品を1つ交換しただけなのに、4万円近い支払い? 最近故障が多くメンテナンス会社は忙しくて大変みたいなのですが、マンションという共同体での独占的にも思える修理費用だけは、いつも納得できないものを感じてしまいます。

 

2月17日

用事があって、仲間と仲間の娘さんと会う。娘さんは、幼い頃に仲間に連れられて、無有さんのトークライブや、体験会にも参加してたそう。
ふと、こうした経験を持つ若者たちの、現代の仏陀と道元さんとも合流して歩いている(…かも知れない)10年後を思う。色んな生き方がある。社会人として普通に生活してるのだろうか? 
自らも歩きつつ応援しながら、そんな姿を見届けたい。

 

2月14日

太陽が喜んでくれてる。

予報に反して、雨模様となった昼頃。しかし、4時ごろからの太陽は、赤みがかったオレンジ色を表現しながら、又一時は雲に隠されながらも、自らは白、周りをオレンジゴールドで美しく染めて、その後は自らがオレンジ色に輝いて、もう雲に遮られることもなく、西南西の方角に沈んだのでした。大変なエネルギーを見せていただいたような気がします。

 

2月13日

まるで自分が松だったような、蛇だったような、ねちねちとした暗さの中に居たような日々が続いていました。無理して強引に抑え込んでいた否定感情。過去の怯え、怒り…。出てくれないと次には行けないのかも知れないと今では思います。仲間のさりげないホローが嬉しい。


東京ワーク前日に熱海泊をして、数年振りに、かなり人工的に手を入れたらしい海岸を散歩しました。とても2月とは思えない、太陽一杯の熱海。春のような暖かさと穏やかさの午後でした。河津桜も満開。どこに行っても圧倒的多数のようだった、中国からの観光客は殆ど見られず、若いカップルや親子連れさんがのんびりと海の景色を楽しんでいるように見えました。かけがえの無い思い出が沢山の日になったら良いなあ、なんて、自分も過去を思い出しながら歩いていました。かなり歩いても、階段でさえも、足の軽いこの頃。

小さな遊覧船の最終発に間に合ったので、救命具を付けて乗船しました。それ程の風は無いのに、外海の波の高さはかなりで、横揺れの波にもまれ、スルッと回転してしまいそうな船のスリルを味わいました。でも、泳げないのに全然怖くないこの厚かましさ(笑)。陸からだと険しい断崖の、錦ヶ浦近くまで行ってくれて嬉しかったです。
熱海の浜辺近くには、ヨットハーバーもあって、そこから遊覧船近くまでかなりのスペースなのに、夥しい程のカモメがいます! いつからそうなのでしょう? 禁止されてた筈の、カモメへのエサやりがOKになったようですが、真鶴ではそれ程のカモメの数ではありませんでした。観光客数が桁違いに多い熱海。もしかしたら、カモメの数の多さは、観光船からのエサやりが原因かなと思いました。これからどうする?


ワーク中日も暖かい晴天で、前に都庁の展望台で知り合った、毎日のように来ているという女性に電話してみたら、そこにいたので行ってみました。荷物の検査はあっても、前回と違って、待ち時間も殆ど無く、展望台は日本人と西洋系の人たちが多い。ゆったりとした人数空間。中国からの観光客が殆ど無くて、見物客は3割も減っているそうです。
5分間の持ち時間で、並んだら何度でもピアノ演奏が出来る。プロたちも練習のために来ていたりして、色んな人たちが演奏して、ピアノのある空間を楽しんでるようにも、利用しているようにも思いました。そんな若者を彼女が何人も紹介してくれるし、傍に座った人とも縁ができるしで、LED照明の表現がし易かったです。展望台なのに、景色を見ないままで帰ってしまいました(笑)。


翌日のワーク日の朝に、ホテルが近いこともあって、その都庁の周りを散歩しました。前日通った時には、工事中の資材が道路に置いてあるのかなと思ったのですが、それは、ホームレスの人たちの家財道具でした。昼間は皆、きちんとまとめて置いてあるので、一見では分からない。かなりの人数分です。いくら暖冬とはいえ、人気のない都庁周辺の夜半の寒さはかなり厳しいものに思います。家財の多さはそのためなのでしょうか? 都庁の周りというのが、皮肉と言おうか、アピールなのか…。それとも東京のどこでもある風景なのか…? まだ、横になってる男性も居て、目が合ったので会釈したけど、今思い出しても寒い。冬になると尚更に思う、少しでも早く改善して欲しい風景です。プラスして、暖かくて、からりとした陽気が少しでも早く来て欲しい。

 

2月7日

去年の11月9日付の新聞の切り抜きが出てきました。「迷子になった子クジラ」の記事です。サブタイトルは、「母と再会 奇跡に感激」 みんなが協力して子クジラを救った時の水中写真家の記事。

南太平洋の島国トンガのババウ諸島では、くじらと泳ぐためのルールがあり、一般観光客を船に乗せてホエールスイムが行われているそうです。人懐こい子クジラがダイバーと遊んでいて、お母さんとはぐれてしまいます。10kmも離れ離れになってしまったのを、何艘ものホエール船が協力し合って、みんなが見守る海上で母子を再会させます。その瞬間、多くの船上から拍手と歓声。このカメラマンも興奮し涙腺が緩んだと書かれています。そして末尾に、
身近に彼らと接し、神話がかった出来事ばかり目の当たりにしていると特別な感情が生まれるのも事実だ。食料ではなく観光の資源として彼らと関わる道は選べないのだろうか。そんなふうに考える今日このごろである。と結んでいます。

経済紙なので、よりやんわりとくじらのことを表現してる面もあるかもしれませんが、くじらの人懐っこさや、くじらを愛する沢山の人たちの温かさが伝わってくるような記事に思います。

 

 

 

2月5日

昨日より25分程遅めにしてみての今日の幼稚園への送りは、朝の家事が粗方片付いて、しかも、開園1分前には到着できて、何もかもスムーズ。丁度1時間のサポートで済みました。私のサポートはこれで暫く休みです。
書類の記入と報酬を受け取りに依頼のお母さんと会って、楽に行けることも含めてお話ししたら、産後の検診でOKが出たら、自分で送って行けそうと言われる。

本来、出産はごく自然なことに思います。どんな動物でも経験していること。それを何人かの例外を元にいたずらに恐怖心を煽り、今の検診スタイルがあるように思います。勿論、無理は禁物ですが、不安からくる緊張は要らない。女性なら当たり前に持ってる母性と体力。自らの負の経験を踏まえてそう言えます。
家は近いし、大阪の地下鉄は70歳以上は50円。遠い人、交通費のかかる人に頼むと、かなりの負担になります。出来たら自分で送って行くと言われるお母さんにエールを送ります。どうしても必要な時の、安全弁だけで居たいファミサポおばあちゃんの私です。

 

2月4日

前日の夕日は、とっても面白くて、雲の加減なのか、オレンジの半円がまるでペロッと舌を出しているような下半分の円だったのが、あっという間に、上半分の円になっていました。暗い空にそれだけが見えて、思わず吹き出す。

3日付の無有日記が原因なのか、昨日は1日中晴れの、雲も殆ど見ない天気。外出から帰宅した午後、閉め切っての部屋なのに、室温20℃、湿気27%! 自宅でのこの湿度は珍しくて嬉しい。
雲1つ遮るものの無い風景は、無有さんの日記を読んだ仲間たちの想いが、直ぐに太陽に通じた反応に思えて嬉しかったです。ずっと辛かった太陽…。何度も何度も涙が溢れました。

 

2月4日

今月は、3人目の出産をしたばかりのお母さんからのファミサポ依頼が続く予定です。今朝から幼稚園への送りが始まりました。6歳の女の子なので、手がかかるわけでは無く、地下鉄に乗るのと、家の家事の時間とが重なるのでその調整がいるだけの負担。初日なので言われるままに早めに行ったら、園にも入れず、15分以上太陽の当たらない所で待つことになりました。しりとりゲームをする。

開門の時刻になったら、自転車の後ろに子供さんを乗せての親子さんが数人。お母さんたちは、揃って黒の上着に黒のパンツ。自転車も黒の電気自動車でLEDライト付き。メガネをかけている男の子を乗せてのお母さんもいる。芯からの寒さを感じ出したのは、この状態が原因かもしれない。

 

2月3日

預けてた車を取りに行くのも兼ねて、結婚50周年に息子の誕生日とかも、口実を色々付けて家族を誘い、夫と三朝温泉に一泊、息子と三朝、境港に1泊づつして、昨日の夕方から、1人でマイカーを運転して帰りました。前には感じてた、どうにもならないような眠気も全然無く、渋滞も無く、とっても楽に家に着けたような気がします。

三朝温泉は長い湯治客の多い温泉場として、名前だけは知ってたけれど、それだけにあまり行く気にならず、縁の無かった場所。でも、先入観で思っていた程のきつさも暗さも無くて、ホッとしました。川幅が広いので、それが大きな解放感を与えてくれるのかも知れない。近くの街も、自らが最初に通った時に感じた重さ、暗さは無くなっていました。どこの道の駅でも、愛媛県産のミカン類が豊富にあってビックリ。チラシを渡すと、やっぱりそうでしたか、なんて言ってくれる店員さんもいて嬉しかったです。

息子の単身赴任でより縁ができた、この2年半程の日本海側。去年も2月に行って、雪は少なかったけれど、今回の行きのバスから見えた景色には、周辺の高い山々でも雪が全然無い。それでも、かなりの数のトンネルを抜けた日本海側は、それまでの快晴から、あっという間に鉛色の空に変わりました。雨まで降りだす。その上、息子の住まいに着いたら、雨は止んでるものの、すぐ近くの電柱に、なんとも不気味なカラスの鳴き声がしばらく続きました。前途多難かなとも思いましたが、どこに行っても、車から離れる時には風も雨も止み、大抵は太陽が顔を出してくれる。嬉しいから手を振る。ここでも、いつも太陽と一緒なのがありがたかったです。

今まで、暗く動けなくさせられてた寒い冬の雪と急変する天候、そして、湿気の多い土地柄。そういうものだと辛抱強くずっと受け入れて生活してきた、雪国や日本海側の人々…。これからの日本全体のからりとした暖かさで、どんどん軽やかな土地になっていきそう。縁した沢山の土地の好転も、楽しみながら見届けたい。

行った日と翌日の夜に、大山に雪が積もったようです。昨日は午前中に奥大山に向かったのですが、富士山の姿に似て見える、米子方面からは、3合目位まで新雪のある景色が頂上まで全部見えました。感動する程に可愛らしく美しい伯耆富士でした。富士山と同じように、いろんな事に利用され、まるで瀕死状態のようなこの山が、少しづつでも元気になってくれるこれからと思っています。

 

 

 

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1月29日

午後から商店街に散歩に出ました。中国からの観光客は、昨日行った黒門市場はかなり減ってる感じがしましたが、今日の心斎橋辺りは、沢山の人人人。
楽器店の全面ガラスのショーウインドーに、エレクトーンが置いてあり、若い女性が身体でリズムをとりながら演奏していました。外では呼び込みの若い女性も立って居ます。演奏してる人へ四方八方からかなりの近距離でしかも沢山のLEDのブルーや白の照明が照らしています。とても、直視する気にはなれない。まるで地球ではなく、この世でも無いような空間のよう。これだけ身近にLEDライトを浴び続けていても、何でも無く元気な人が居る…。今更ですが、改めてそれを実感した風景でした。

直後に、GAPの店で思考が働かずにウロウロしていたら、若い店員さんが声を掛けてくれました。マスクは今の仕事上なんですよと外してくれる。ハスキー声ですが、今日はとっても元気そう。「岩塩のおばあちゃんが来てるねと、他のスタッフと話してたんですよ。」ですって! こんな普通の会話で、やっと人間世界に戻れたような気がしました。今回も小さな黒岩塩を、そのスタッフの分もと渡したら、とっても喜んでくれました♪


自宅マンションの玄関に着いたら、偶然に夫もいる。でも気付かない。面白いから黙って、夫の後ろに並んでエレベーターを待っていました。でも気付かない。数人で乗りこんでもまだ気付かない。みんな降りて、2人だけになってやっと気付いたけれど、「何でそんな目立たない洋服着てるんだ?」ですって(笑)。確かに、ベージュっぽいコートとバッグだけど…。 夫の側では透明人間になれるのかな? 

 

1月29日

朝の3時に目覚めてそのまま眠れずだったので、久し振りに自分の過去の日記を読み直してみたら、実行してないことが、沢山出てくる。いいタイミングで読み直したのだから、先に行くために役立てたい。

クジラの映像が嬉しかったので、再びアップします。

 

 

1月22日

パンダはいつから白黒になったのだろう? 子供の頃、上野動物園に沢山の人の中に並んでパンダを始めて見た時、白黒と思ってた(思わされてた)イメージと違って、どちらかと言うとベージュ色で、お尻の方は、オレンジ色に近いベージュだった記憶があります。かなりの違和感だったのを思い出しました。なのに、いつの間にか自分の中でも、パンダは白黒になっていました。

赤ちゃんの時からパンダを見せ、可愛いからと喜んで買い求められるパンダグッズ。その白黒の色合いを、身近に置かれてインプットされる沢山の人たち。作られた恐さを感じます。


どこかで景品にもらった、パンダの描かれた箱入りティッシュペーパーを、無造作に食卓テーブルの上に置いていました。グリーンの色の方が多いけど、白黒のパンダが居て、食卓をかなり暗く重くしていたようです。綺麗な花柄のテープを箱全体に張ったら、目にも優しくて、とても楽になりました。

 

 

1月21日

「復活」の後、今日は、「素数の日記」3を読み、「地球の真意」を読みました。全部を宝物(土台)にしたい。心がとても元気になりました。

仲間(パン工房『全粒粉とゆかいな仲間』)が送ってくれた、ホアホアのシフォンケーキが、とっても美味しい。

 

1月21日

梅田までの散歩の時は、その前を通ることが多いけど、最近はその中には入る気にはなれなかった公園。昨日はふと入ってみたくなり、予想以上に台風の痛手とされて伐採されてた大木の切り株だけを見ながら、さっと一回り。淡々としないと辛くなる。太陽があるので、隙間だらけの地面には光りがどこまでも届いているようなのが救いです。少なくとも苔は生えにくい。沢山の幼稚園児が遊びに来ている場所もありました。

他の国は知らないけど、日本は歴史上、土地がかなり病んでいるせいか、名の知れた大きな公園でも、かなりのきつさを感じることが多い。

くすみの無い鮮やかな紫の織りのジャンバーを着て、ヤギみたいな顔のワンちゃんもラベンダー色のベストを着せて散歩している若い女性と会いました。余りに美しい紫色に思えて、思わず声を掛けたのがきっかけで、LED照明の話しも出来ました。部屋の照明もLEDがどうしてもなじめなくて、白熱灯にしてると言われる。とても柔らかくて、この女性に会って表現する為に、ここに来たのかなと思えた程の時間。黒岩塩もチラシ類と一緒にプレゼントしました。パソコンに抵抗の無い世代は、こうしてチャンスがあれば直ぐに「無有日記」「ゼロ感性」と縁ができる。そんなこれからの大きな回転が嬉しい。

 

 

 

 

1月17日

昨日から、「復活」を読んでいます。まだ全部を読み終わっていません。恥かしい程に内容を忘れていて、新たに大きなエネルギーをいただいた気がしています。土台になってくれそうです。もっともっとセンテンスを真剣に読もうと思います。

 

1月16日

この頃は前よりも敏感になってくれたようで、色々な反応をするようになっていますが、海岸の断崖と同じように、辛い切ない思いを感じる場所に、滝があります。どれほど沢山の人の悲しさがあった場所なのか…。でも、今は黒岩塩があるから大丈夫…。

隠岐の島でも車でそこに着く前から重苦しさを感じていました。息子はさっさと登る。こちらは坂を歩いていて足の運びが重い。まるで喘ぎあえぎの坂道。でも、しんどくて一息入れるごとに、木立の間から、太陽がピカッと光ってエネルギーくれる。そこに行っていいよ。そんな励ましに思えて、ゆっくりながらも、太陽の光に一杯照らされた美しい滝に着けたのでした。2つの大きな滝の間には真新しい社もあります。観光シーズンには沢山の見物客が訪れるらしい。

最近は、やむを得ない時や必要を感じたら、LED照明だけしか無いホテルでも、延長コードと電球スタンドを持参して、どこにでも泊まれるようになりました。
前は結構利用していた、新幹線の新神戸近くのLED照明ばかりになってしまったホテルに泊まり、翌朝に、駅のすぐ北側にある布引の滝に行ってみました。何度も行ったことのある滝。朝なのに、それ程の寒さは無く、素晴らしい快晴なのに誰にも会わない。
雌滝は記憶してた以上に近かったのですが、着く前に、イノシシが少し前を斜めに突っ切って、かなりの早さで走って行くのが見えました! 先には、もう2頭居たような気配がする。ワークで、これからは行く先々でいろんな動物に会うよと言われましたが、本当です。馬、鷹、鹿、猿 etc。
もう忘れていましたが、雌滝の上に雄滝がありました。イノシシを見たこともあって、さすがに1人が心細くなり、数歩登ってから引き返しかけた途端に、正面の太陽が大きく光ったような気がしました。まるで正面全部が太陽光みたい。励まされてるような気がして、雄滝まで登って行きました。前夜の雨で水量も多く、誰もいないそこは、静かで荘厳さも感じる風景。住民の大切な水道水にもなっているらしい。行けて良かったです。

三宮まで戻り、カフェで少しの時間を過ごしただけだと思うのに、駅のホームに立ったら、あれ程の青空はどこにも無く、黒雲だけの寒々しい空になっていて、さすがに何が起きたのかと思ってビックリ。でも、正直な空なのかも知れない。

 

 

1月15日

パソコンの隣りにいつも置いてある小さな地球儀。黒いプラスチックの丸台と斜めに支えてる半円を外してみました。とっても軽やか。南極も北極も自在に見えます。未来の地球みたいだから、このまま自由にしておこうと思います。

 

 

1月14日

携帯にある絵模様で、若葉色の四葉のクローバーらしいのには、奇形と知ってからは使わないのに、今日はいい天気!なんて書くと、その前後に当然のように赤色の太陽を添えていた今までがあります。1/10の無有日記のように、脳は、その不自由さを普通としてしまっていたようです。気をつけたい。

 

1月13日

ワーク翌日のエネルギーなのか、今朝もいつものように夜中かと起き上がったら、もう6時を過ぎていました! 今回は、久し振りの熱海泊でしたが、東向きの部屋からは、太平洋の海から、連日太陽が昇るのが見えてラッキーでした。特に今日の太陽は、海からの反射とで2倍になったような、まるで夏を思わせる暖かさが部屋に入って来ました。身体がとても軽く元気なので、帰りの新幹線に乗る前に、晴天の熱海の走り湯方面を散歩しました。新幹線からは、3合目までしか雪の無い、くっきりとした富士山も見えて、隣りの40歳だという男性と喜び合いました。この男性にもチラシが渡る。


今回は予定を1日早めて、青春18きっぷの最後の1枚を使い、前2泊しました。無有さんは何も言わずにホローして下さってる時が多いから、それもあってか、より一層いろんな人に大事にされながらの、沢山の出会いの旅でもあったように思います。チラシもゼロ感性もブラック岩塩もどんどん流れて行く。東京の仲間にチラシを補充してもらいました。待っていてくれる人は沢山いる。


丸1日滞在が増えたことで行きたくなった、熱海からでも見える真鶴半島。そこは、数年前に先端から降りた浜辺で、かなり不自然な大きな転び方をした場所。だから行きたくなった(?)。熱海は晴れてたのに、ここは分厚い曇り空。途中は、カラスが一杯。でも、前に乗った観光船がある。海上に行けるのが嬉しくて、今回も乗りました。
最前列に座って、湾を出て外海を波に揺られながら見ていたら、この海の水を真水にするって、途方もなく時がかかるような気がしてしまいました。真水の時代の海水に浮かんでみる。すると、空が筒のように丸く開けて、そこだけ青空が見えたのでした。とても明るくなりました。海は穏やか。
2人以上でないと船は出さないと書かれていたけど、「良いよ。1人でも乗せてあげるよ。」と船長さん。それが嬉しくて、2人分払うつもりで待っていたら、直前に子供連れのグループさんが数人乗船しました。微笑ましく賑やか。降りる時には、ちゃんと気に掛けて、「大丈夫、バスには丁度間に合うよ。」と船長さんが言ってくれる。

岬の先端にバスが着いて、間もなく雨になりました。ところが滑らないように注意しながら階段を降りてたら、雨は止みました。誰も居ない石の浜辺の波近くまで行って、ブラック岩塩を投げました。もしかしたら、悲しい歴史のあった場所かも知れないから…。

階段の途中にあった見晴らしの良い喫茶店はどうもLED照明。「節電になるって言われてそうしたのに、ちっとも知らなかったです。」と、チラシもゼロ感性も受け取ってもらえました。幸い外にベンチがあったので、そこでお雑煮のランチ。待っている間に、素晴らしい快晴! 真っ青な空です。思わずコートを脱ぎ、太陽を一杯浴びる。暖かくて気持ちいい! それからはずっと晴れていてくれました。

最近は抵抗無く行ける神社が増えたので、帰りは有名だと言うそこで下車し、又、思いがけない程の温かい出会いが続きます。完熟キンカンももらえました。この土地が喜んでくれたのでしょうか? 良い役をさせてもらってるなあと、今回もしみじみとありがたく思えたワーク旅なのでした。

 

1月9日

先月20日に預かった11ケ月の女の子を、再び夕方1時間程預かったけれど、今回は泣いたのはお母さんと別れた直後の、ホンの5分程だけでした。もう歩けるので、かなり歩き回るし、今にもしゃべりだしそう。よく首を嫌々みたいに横に振るので、真似したら、時には声を出して笑うし、夫が童謡をピアノで弾いたら、時には足でリズムも打つ。
たった20日経っただけなのに、どうしてこれだけ違うの? 何が起きたの? 丁度入日の時に来たので、泣く子を抱っこしてそれを見てたから、太陽さんが応援してくれたのかな? それともこれが普通? 

上機嫌だったのに、急いで迎えに来たお父さんを見たら、途端に泣きべそ! 面白い。

 

1月8日

去年の正月に届いた年賀状に、今年からは年賀状は無しにしますという挨拶と一緒に、フォトブックとチラシも同封して送ってあったので、気分的にとっても楽だった今年の元旦。それでも届いた賀状の送り主は、去年たまたま出さなかった人だったりもする。その中に、LED照明のこと教えてくれてありがとうと書かれていたのがあって、それが言いたくて賀状を再びくれたような気もして、その温かさが嬉しかったです。


彼女も含めて、返信の態度を決めかねていたのですが、今日の6人には、自分や身内が病んでいたとの内容もあったので、改めてチラシとゼロ感性と一緒に、「ねこの日記」の冊子を便りと一緒に同封しました。長い時間かかったような気がしたのに、1時間もかかっていない。外は晴れていたのに、急な黒雲と凄まじい突風。もしかしたら、それが本当に必要な人がその中に居たのかも知れない、なんて思えたのでした。

 

2020年1月7日

今日の天気は雨だと聞いていたので、朝の6時には何度目かの目覚めがあったけれど、布団の中でヒーリングしてて、7時前に起床。出かけるので直ぐに布団をたたみ出したら、オレンジ色の光りが外から漏れている。急いでブラインドを開けたら、ビルの側に光が見えて、東の空いっぱいにオレンジ色が輝いていました。息を飲むような朝焼けの光景の凄さ! 昨夜アップされた4日付の日記にあった、楽な太陽って、こんなにも美しいのかと見惚れていました。幸い、夫も起き出していてそのビックリを共有できたのでした。

ワーク前だからなのか、昨日から覆いかぶさるような、動けないような、情けないような重さを感じていました。そうは思えない人からのそんなエネルギーは、今でも、何だか悔しいような情けないような気持になってしまいます。でも、人は変えられない。総て自分です。
そんな自分への励ましのようにも思えて、その後、ずっと寒い雨と曇りの1日だったのに、楽な太陽からの朝からの贈物が、ずっと消えないでいてくれます。

1日には夫と、夫の拾って来てたドングリを持って奈良公園に行き、鹿せんべいばかりで飽きていたらしい鹿に歓迎されたのでした。5日には青春18きっぷで倉敷行き。アウトレットと夕陽を満喫。今日は彦根の美容院行き。遊んでばかりです。(笑)
美容院に置かせてもらってたフォトブックが動かないようなので、私に在庫が無いこともあって、引き取らせてもらいました。帰りに何気に寄った回転寿司で、岩塩を振りかけて食べてたのに気づいた女性が話しかけてくれて、早速にそのフォトブックが、チラシ、ゼロ感性と一緒に受け取ってもらえました。岩塩も食べてるし、LED照明のマイナスにはマスコミも声をあげだしてると言われてました。定年後、家の隣りの土地で野菜を育て、出荷もされてるらしい。野菜、果物を育てるには、愛情が何よりだと言われる。黒岩塩もプレゼント。嬉しい出会いです。

 

 

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12月31日

夫と息子との3人のドライブ旅。29日には白浜に泊まることに今年もなりました。今回の行きは、奈良の十津川沿いを走って、熊野川沿いを新宮経由で太地町に向かうコース。


それがブラック岩塩だなんて、息子以外は思わなかっただろう、イルカが不透明な海中からくわえて来た物。


日曜ということもあって、年末でも沢山の親子連れが、エサやりのイベントに参加していました。しかし、その時その場所には、周りに人がいなくて、息子1人だけで立っていたそうです。イルカはその姿を息子に見せてから、口にある岩塩をポンと海中に投げ落として、又潜ってくわえて来る! その動作を3回もしてくれたのだそうです! その間、見てたのはずっと1人だったと言っていました。それと似たような訓練をしてるのかも知れないなとも言っていましたが。

それを聞いてから、暫く、その近くで座っていました。「イルカさん、ムーさんが居るものね。」どこまでも、健気で可愛いイルカです。

 

 

12月24日

切り干し大根用に切った大根を干しにベランダに出たら、太陽の周りには薄雲の大きな日輪! 空を見ながらヒーリングしてたさっきまでは無かったのに!
太陽は、旅先でも家でも、いつでも一緒♪ これまで以上に、思いがけない楽しみを沢山くれてるような気がします。

ワークで、地球を救うって、スプーンですくうのか? と冗談を言われたので、途端にその情景が浮かんで来て、吹き出してしまいました。今でも時々、想像して楽しくなる。自由なそんな時は、地球が何個にもなる。何個でもすくえる。面白いので、下手な絵を描いてみたら、太い腕でむんずとつかみ上げてるような絵になってしまいました。地球さんは軽やかなのがいいよね。やっぱりジョークは楽しい。

 

12月20日

眩しい程の朝日。昼前から梅田までの1時間を散歩にしました。先日食べた、栗やらクルミやらが一杯入ったチョコケーキも、お目当ての1つ。
太陽を背中から浴びながら歩いたので、いつもきつさを感じる場所でさえ暑く汗ばみ、半袖Tシャツだけになってみました♪。余計元気になるようでルンルン♪。


夕方から、久し振りにファミサポ依頼で、11か月の女の子を2時間半程預かりましたが、初めて預けるらしく、パパもママと一緒に来てくれました。
案の定、2人が出て行った直ぐから泣き出す。最初抱いてあげてたけど、歩けるので降ろしたら、いろんな壁や椅子に身体を向けて泣いている。はて、どうしたものか? 30分程してから、抱っこして優しくゆすったら、直ぐに眠ってくれました。途端に、ずっしりと重くなる! 
夫は、何で泣くんだろうと何度も言って不思議がった(笑)けど、私には、ママが居ないで不安でたまらないでしょうに、1時間半も熟睡してくれてることの方が不思議でありがたかったです。起き出して一寸泣いてたけど、今度は、フローリングにカエルのように突っ伏して、時々泣きながら、ジッと目だけ開けてるのも不思議。夫と色んな想像しながら、飽かず眺めていました。夫の顔がどんどんほころんでいく。パパもママも楽しい時間だったそう。私たちも緊張したけど、過ぎてしまえばとっても楽しかった時間。

それにしても、最近の多くの赤ちゃんの髪の毛は、まるで大人のように、黒々とボリュームがあるように思います??。 ほんの50年程前には、まるで産毛のままのような赤ちゃんも多く、坊主頭みたいだから、髪の毛が生えるまでと、可愛い帽子をいつも女の子に被せているお母さんもいました。いろんなことが変化させられている今を感じています。

 

12月18日

莫大なお金を使って月に行くのなら、ひとつで良いから月の坊や(?)に黒岩塩を置いて来て欲しい。それは、地球からの贈物。ひとつになったみんなの想い。

 

 


ムーエナジーで、私の役目があるとしたら、海沿いにある沢山の断崖絶壁に行かせて欲しいと思っています。悲しい歴史の沢山あるところ。今は黒岩塩がある…。

10月の台風時に、隠岐に行く予定でしたが、キャンセルになりました。息子は諦めきれずに、今回の計画を立てました。金曜に休暇を取って島に一泊、日曜には鳥取からの早朝の飛行機で、私の東京ワークには充分間に合うからと言う。初体験大好きな私ですが、さすがに、朝に順調に羽田に着陸した時にはホッとしました。

隠岐諸島の、今では殆どが牧場になっているような島は、いつの間にか、今日付けの日記にあった、人を人と思わない人の誉れ高い先祖の土地にもなっているようです。一日中透き通るような快晴だった隠岐の島町の翌日は、這って進まなくては飛ばされそうな強風と、それに横殴りの雨が重なり、雨宿りを余儀なくされたような西ノ島でした。車の所に辿り着かないと動けないので、ムーさんの力を利用させてもらう。

たぶん、今の私では、1人では行けなかった時と場所。その後は、何事も無かったように、予定通りフェリーにゆっくりと乗れたのでした。高速船は操業中止だったそうです。

旅に出ると尚更なのか、いろんな人に出会います。一寸近寄っただけでも、大きな冷気を感じる人も居ますが、それはまだ分かりやすい人。今、恐いのは、目立たなく普通なのに、ゾッとするエネルギーを使う人。そんな人たちが近寄り、姿を見せだしたような気がします。後でシマッタと思ったりもするけれど、今はもう、そんな時なのかなと気持を新たにしています。


おそらく、ムーさんにしか助けてもらえなかっただろう、心を病んだ息子の不始末。多分、本人はその自覚も無しに、単身赴任中で暇だからと、楽しみながらサポートをしてくれているのかも…ですが。いろんな家族の事件のニュースが入る度に、親としての未来への責任は、いつまで続くのかと、母親としては、愕然となってしまうこともあるけど、未来への楽しみの方が勿論大きい。何があっても、元気に動き出した仲間たちが沢山いてくれる。太陽と地球と無有日記がある。

 

 

12月9日

大阪は、朝から夜まで、雲一つ無いような晴天。窓際では半袖で過ごせました♪ 煙突の煙が、真っ直ぐゆっくりと上がっていくのが面白い。

10年以上、夕食は午後7時と決めていました。支度は6時頃から始める。ふと、5時前から真っ暗になるこの時期なので、冬時間にして、5時半から支度にかかり、6時半頃夕飯はどうかなと、試験的に替えてみました。それが、気分的にとっても楽。特に夫が8時からテレビを観る曜日などは、いつも遅れないようにと無意識に緊張するのか、返って遅くなる。そんな不都合が殆ど解決したのでした。夫は夫で、今日は7時半からのが、最初から観られるので、嬉々として見入っていました。

キッチンのかなり目立つ所に置いてたゴミペールは、ステンレス製で外側も中のバケツも黒でした。夫が何度も修理してくれてたし、目立つゆえに、なかなか選べなくていました。パソコンで検索しても、何と沢山の色と種類のあることか! それが、近くのホームセンターで、前回見た時には2種類しかなかったのに、数日前には沢山並んでいて、時間的にはかなり迷ってしまいましたが、軽くて持ち帰れるのを選びました。最初、地味過ぎて、失敗したかなと思ったのに、どんどんなじんで来て、隣りに並べた、これも黒からベージュがかった鉢に植え替えたサンスベリアと、とてもマッチしてくれてます。とても使い易い。夫も、そう言う。


エレベーターで一緒になった同年輩より少し若そうな奥さんが、「なんで正月の準備だなんて、毎年必死で頑張ってたのかしら? あほらしい! もうや〜めたの。」と言ってて、思わず吹き出し、長年の嫁だった私も、何度も頷いて同調したのでした。
動けなかった習慣とか、伝統って、ふとしたことで、サラッと変わって行くこれから…。だって、「無有日記」がある。

 

12月5日

ウトウトとして動けなかった時に、突然ゴーッと強風に吹き巻かれ、どこからともなく、「どうして寝るんだ。これから世直しするんだろう。眠ったら駄目だ!」 と叱咤されて起こされた夢から目覚めた昨日の朝。これも夢と思考なのかなあ??


沢山の仲間ほどにはいかないけど、かなり薄着にはなっている私に、夫は、寒さを感じる神経が衰えて来たんじゃないか? 大丈夫か? と言う。さすが夫、負けてはいない(笑)。


ピアノの調律の済んだ昼下がり。帰られた後で、最近自分で縫ったピアノカバーに違和感を感じてしまってたけど、まあ、取りあえずとかけてみたけど、何だかなあ…。仲間も相談に乗ってくれる。
裏にしていた、縫う前に最初に試しに掛けて、あまりにも明るすぎるなあと思った、ショッキングピンクにアイボリーの小さな星(土星もある)の散りばめられた方を、改めて掛けてみました。その途端に、雲に隠されていた太陽が突然姿を見せてくれたらしく、丁度、スポットライトのようにピアノ辺が照らされたのです。突然に何が起きたのかと思った程の明るさです。カバーのピンクもピアノの黒も、とっても美しく光り輝いて見えました!

ついつい今までの無難な色に、何事も意識が向いてしまっていたのかもしれません。暫くは、この明るいショッキングピンクの面を表にして掛けておこうと決めました。そして、この明るい色にマッチする部屋に、そして、住人にもなりたいなあと思うのです。

太陽さん、今回もありがとうです。


今日付の無有日記にありましたが、10年、15年と、太陽と遊んでいるうちに周りが変わるそうです。

とっても幸せです。どうぞ、よろしくお願いします。

 

12月2日

今朝は雨でしたが、徐々に止んできました。昨日と違って、眠っていたのか起きていたのか判断が付かないような日。朝寝もしてしまって、いけません。

一仕事済んでから、溜まってたアイロン掛け。夫は未だに週3日程はワイシャツで出かけるので、リタイアしてもこの作業は続きます。感じる人はきつさがあるそうなのですが、マヒしてるのか、それ程苦にすることも無くやっています。皺くちゃが、パリッとなるのが気持ちいい。
自分も結婚以来、50年以上続けてるのですが、使っているアイロンも、結婚祝いに頂いた物なので、50年前の物。毎日ではありませんが、かなり使っていると思うのに、未だに故障もせずに使えています。中に水を入れたりはせずに、ただ単純に、熱くして使ってるだけがいいのかもしれませんが。呆れる程に丈夫です。

一人なので、久し振りにマイケルのCDを聴きながら作業しました。急に、マイケルのことを色々考えてしまう。悔しくなったり、もう、生まれ変わってくれてるかなと思ったり…。本当に優しい声。


急に明るくなったので、外を振り向いたら、いつの間にか、太陽だけではなくて、空の真ん中のその周りまでが大きく丸い青空になっていました! それ以外は、雨雲、黒雲です! それは、アイロン掛けが終るまで、マイケルのCDが終る頃まで続きました。
太陽さんもマイケルを聴いていたのかな? それとも励ましてくれたのかな? なんて、勝手に思って喜んでいます。

 

 

12月1日

何日振りだろう。熱々の身体で、夜中にトイレに起きることもなく、早朝かと思ったら7時半に起床でした。家でのこんな状態は珍しい。元気いっぱいの日。12月の始まり。

透き通るような晴れになりましたが、32000人余りが参加した大阪マラソンの日でした。家近くの宅配担当のお兄ちゃんが、出るんですと、嬉しそうに何度も言ってたので、近くのコースまで見に行って来ました。
今年からコースを変更して、折り返すのだそうで、32000人て、こんなに沢山なのかと果てしなく走ってるような人の多さに驚き呆れましたが、早くも、先頭集団がかなりのスピードで戻って来たら、その遅い集団(?)の人たちが盛んに拍手して、何とも和やかな光景でした。それぞれみんなが楽しんでいる。ユニホームも、主催者の販売した明るいオレンジ色を着ている人も多くて鮮やか。肝心のお兄ちゃんには会えなかったけど、面白い経験でした。

 

 

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11月30日

一時、黒雲が出たりしたけれど、午後から透き通るように晴れて、開け放してたからか、久し振りにハエ(ムーバエ?)まで飛び交ってくれてた日♪

自分の中では11月を年末にしたい気持ちがあって、少し身体は重かったけれど、食器類を全部出して風に当て、食器カウンターの大掃除をしました。全部出しての掃除はとっても久し振りのような気がします。岩塩を少し入れたバケツの水での雑巾がけは気持ちいい。
こちらはまだまだ沢山あった、クローゼットの黒いハンガー類。かなりさよならしました。束ねて見ると、その黒の暗さが伝わって来るよう。

靴も最近は旅の途中で知り合った女性の靴屋さんに任せてるようなところがあって、その時は良かれと思って購入してくるのに、実際に日常で履いてみると、かなり足の負担を感じたりする。いつの間にか、自ら選ぶ楽しさが無くなっていたようです。思考で彼女に変な気を使っていたのかもしれません。

昨日は心斎橋の商店街で、昔に購入したことのある店に入ったら、その頃履きやすくて何年も履いていた靴メーカーのがありました。選んでくれた色も気に入って、若い女店員さんもとっても優しくて気持ち良い。特価をしていた訳でも無いのに、ごく自然に買う気になりました。そのまま履いて帰ったらとっても軽やか。帰り際には、フォトブックとチラシ、「ゼロ感性}をプレゼントしたのでした。

 

11月30日

昨日の夕飯メニューです。

・サラダ (レタス・セロリ・白菜・キューり・トマト・らっきょう漬け)
      ドレッシング(大根・黒酢・ピンクと黒の岩塩・胡椒)

・ブリ大根 (鰤の切り落とし・大根・土ショウガ・蕪の葉っぱ)
       調味料(ピンクと黒岩塩・てんさい糖・日本酒少々)

・オリーブ炒め (蒸したジャガイモ・茹でたほうれん草・ニンニク・紫玉ねぎ
調味料(岩塩色々、胡椒)

・ご飯 (玄米・黒米・金時豆・岩塩少々)

 

 

ここ何年も、殆ど肉類は使わないメニューの毎日(外食のランチは肉類が多いようです。)なのですが、魚好きな夫でもあるので、魚はかなり使っています。利用しているスーパーは、野菜、果物、魚コーナーがまだ従来の照明なので助かっています。魚は特に新鮮で、その上、青味の魚は見切りも早い。安上がりでの食卓になっています。

心の中では、魚に申し訳ないと思う気持もあるので、せめて、アラや切り落としを多く使うのですが、それらは煮物、スープの献立になりやすいです。最近は、ばりばりになってしまった玄米ご飯で、雑炊もどきもします。
昨日のブリは、砂糖をいつもより少し多めにしてみました。

魚類も肉類と同じように、水分と一緒に調理し始めると、かなりアクが出ます。それをすくったり、アク取り紙に吸収させたりの手間があったのですが、岩塩にしてから、そのアクが、岩塩を入れて煮ている間に消えているのです。(家での味付けのメインはピンクと黒の顆粒岩塩にしています。)最初の頃は、アクの少ない材料だったのかなと何気に思っていたのですが、毎回消えるので、どうも、そうでは無さそうです。昨夜もアクを取り除かずに、岩塩を入れて調理したのですが、アクは鍋にもこびりついていなかったです。夫も美味しかったらしく、汁まで殆ど飲んでしまいました。これも、岩塩の大きな浄化力なのかな?と思ったりしています。

 

 

11月29日

朝から快晴! 昨日と同じ温度なのに、暖かさと元気さも全然違う。まだ、ムーエナジーに縁して無くても、太陽が好きな人は、今年、かなり元気になってるかもしれない。

散歩のつもりで家を出たのに、ついつい買い物が主になり、アーケードや地下通路を歩いてしまって残念。ブラック岩塩も購入したので、さすがに重くなり、帰りは地下鉄を利用。いつもは利用しない地下通路を東西に歩いたのですが、かなりの漏水箇所があり、そう書かれてなくても、水がじわじわと滲み出ていて、その水のせいなのか、金属が溶けているような状態の所もありました。昨日もそれほどの雨は降っていないのに…。地下道の壁の外側を想像すると、恐さがあります。やれることをやって行こう。

帰宅した4時半頃から、大きな太陽が何度も微妙に色を変えながら徐々に沈んで行くのが見られました。まるで、一大イベントのよう。東のビルの窓にも明るく反射してくれてる。細い月もありました。秋の夕陽は、あっという間に沈んでしまうと思っていたけど、今年の太陽は、黒雲さえ無ければ、かなりの時間楽しませてくれてるような気がします。

 

11月28日

珍しく朝から分厚い雲の広がる、肌寒い日。正午過ぎにふと明るくなったような気がして、南の空を見たら、真ん中辺に筒のように雲に穴が開いて、太陽がそっくり顔を見せてくれました! 思わず手を振る。
大阪BSワークの後は、より太陽がいつも一緒に居てくれるような気がしています。よく話しを聞いてくれて、反応してくれてるような気がします。だから、つい余計に話しかける…。

2回目のワーク後の食事に、公園の植物園の延長のような店に仲間にも付き合ってもらって入りました。近くを通って気になっていながら、利用したことの無い店。LED照明らしいのですが、ガラス張りが多くて、植木たちも元気にしている。6時半がラストオーダーなので、長い時間はLED照明を受けなくて済んでいるのかもしれない。支払いのレジで、フォトブックとチラシ、ゼロ感性を渡そうとしたら、誰か仲間が渡してくれていました。みんなと繋がってるようで、とっても嬉しくなる。


ワーク中日には、コーヒー豆の特価日と勘違いして、ワーク会場と同じ駅に行ってしまい、ついでに何度も行っている公園に入って行ったら、未だかって無かったような、かなり沢山のカラスの姿と声! 
そこは、遊具も、水と遊べる場所もあって、大勢の子供さんや親子さんを見かける。植物園もあって、先日はそこで働く女性に、LED照明について自然に話しができ、フォトブック、チラシも受け取ってもらえてました。

先日も、前に住んで居た街の公園を歩いた時、LED照明の街灯でかなりのダメージを感じてた、菖蒲園の池に行ってみようと歩み出したら、途端に、これ程に沢山のカラスが住んでいるのかと、驚きを感じた程の大群が飛び交い、その大声に、昔観た、ヒッチコックの「鳥」という映画を思い出してしまった程です。カラスに何があったのか? ああそうか、自分かな?(笑)と、その池に数個のブラック岩塩を置いてきました。確かでは無いことなのですが、だから面白い…。後は、岩塩が何かしてくれる…かな?。

今回も、ブラック岩塩が原因かなと、そっと置いて来ました。カラスは嫌なのかなと思うのです。

今回のワークで、ブラック岩塩のエネルギーの凄さを改めて沢山教えてもらえました。この頃、どこに行ってもより沢山居るカラスは、そんな私たちとブラック岩塩を恐れているのかなと思ったりします。勿論、どんな自分が使うかなのですが、これをどこまでも生かさなかったら勿体ない。

 

 

11月23日

娘の紹介だし、料理はとても美味しいし、電球も安心で、お客さんもいつも穏やかなので、何度も行っているうちに、自然とフォトブックも数冊づつカウンターに置かせてもらえてるベトナム料理店。いろんなお客さんが来られるので、いろんな場所にフォトブックが流れてくれてるようです。そんな話しを聞くのも嬉しい。今回も、たまたま店に友人と来られて楽しそうに会話しながら食事されてた年配の男性が、ベトナムとの交流を仕事とされてた人らしく、その著者の本がカウンターにあったので借りてきました。2回目の夫とそこでランチしてから、娘がボランティアでカフェの手伝いをしているという、京都の紅葉の名所へと向かいました。

ムーさんが来阪されるだろう今日は、明るくて空が綺麗で、太陽の力強い快晴の日。上着は結局家を出る時だけ着てただけの暖かさでした。このシーズンの京都へはあまり行かないようにしてたのですが、行きの電車からして、本当に大変な混みよう。

どこの土地でもそうなのかも知れないけれど、京都で初めてのような道を歩いていると、こんな所にこんなものがあるの!みたいな歴史的な物が今に繋がってるような、妙な納得をさせられることが多い。思ったよりかなり狭い土地の殆どを、神社、寺、皇室関係で占めているような場所に思われます。土地って、ホントは、地球の物、みんなの物…だったはず??。

 

 

 


11月21日

今日も、素晴らしい大きな夕陽でした。太陽は赤くないんですね。

ツーショットの写真は年賀状に使わないと去年の暮れに言ってた夫なのに、先日の山中湖行きでは、くっきりと姿を見せてくれていた富士山での二人の写真を息子に撮らせていました。昨日は早々と年賀状の準備にかかったようで、それに使う写真を嬉しそうに見せてくれました。今月3日の朝の写真。夜半に雪が降ったようで、8合目位までの新雪を頂いた美しい富士山を背景にした二人の写真です。夫もその富士山を眺めてた後なので、とっても嬉しそうだし、驚くほどに自分も若く写ってる(遠目だけど?)。
今回から年賀状は出さない私と違って、今回もかなりの枚数を出すらしい夫なので、この富士山を沢山の人に見てもらえます。LEDの悪影響を認めようとしないのに、この頃、何か、より不思議な役をしてくれてる夫です。

 

11月20日

手持ちのフォトブックがあと数冊のみになった今、「ゼロ感性」のこれからが、より大きなエネルギーになるのが嬉しい。このタイミングを大切にしたい。

 

 

11月18日

今までに、ムーさんに自ら質問して、何気に答えてくれた事が、大きな支えになっていることは多いです。そのひとつは、もうかなり前だと思うのですが、何をやっても上手くいかない、妨害されてるような気がして、こんなに妨害されるのは、私になにかいけないことがあるのでしょうかと、質問したのでした。
ムーさんは、少し間を置いてから、

「でも、何かしらハッピーなんだろう? 妨害する方は、ほおっておいても影響のない人を妨害したりしないよ。このまま自由にされたら、自分たちの将来の為にならないと思うから妨害するんだよ。」

と答えてくれました。

その後は、数限りなく(?)妨害されてたと思うのですが、こうして元気に生きています。その言葉は、今でも大きな支えになっています。仲間みんなそうでしょうが、本当に危ない時は、ムーさんでさえエネルギー的にかなり必死な思いをして助けてくれています。呑気にしていて、それは何となく後でふとした言葉で分かったりするのでした。

時々は、あまりの妨害に、ぞっとすることもあるのですが、それだけのことをこれからやらせてもらえるのかと、秘かに「やるぞー」と燃えたりもするのです。

 

 

 

11月17日

いつもの月なら、土日にも何かと予定が入ってた夫なのに、今月は土日だけポッカリ空いてることが多い。この土日もそうで、折角なのでどこか行こうかと何気に言ったら、うんと夫の返事。急の宿泊予約なのに、それでも格安の京都が取れました。
琵琶湖一周と言ってたけれど、彦根から日本海の敦賀に行きたくなり、そこから三方五湖を全部回って、京都泊してから帰宅しました。敦賀では、若狭湾の海を見晴らせる場所に着いたら、今までに聞いたことの無いような不思議な声がずっと聞こえて、見回してみたら、それは、大きなカラスが1羽、私たちがそこを離れるまで付かず離れずの距離で発していたのでした。かなり不気味。そこを離れたら次は枯れ木のてっぺんにフクロウらしい…。

改めて思ったのですが、福井県は、若狭湾周辺に、本当に原発が多い。県の人たちは、何か利点も感じて承知したのだと思うけれど、福島の事実を把握している今は、絶えず、大きな不安を抱えたままの生活なのではないかと思ってしまいます。何故にコンクリートも鉄さえも溶かすLEDをそのまま容認しているのかと、不思議な気さえします…。


ゆっくりと見られた、まるで鏡のような水面だった三方五湖は、静かで本当に美しかったです。野鳥の観測所まであったので、案内人の方にも、観測所がLED照明になってたら、野鳥も渡り鳥も寄り付かないと思うのでと、チラシ、フォトブック、ゼロ感性を渡すことができました。

比叡山の近くでは、カーナビが誤作動。それでも、スイッチを切って、一旦リセットしたら、正常に戻りました。地道を走った京都から大阪までに、かなりのきつさを感じる街があって、電車での眠気や気の重さに一致する。それでも、どういう訳か、夫に運転変わってもらわずに行けました。変わったら、きっと居眠ってしまっていたでしょう。プラスはプラスに、マイナスも本当はプラスに変換してもらえてるような日々に感謝です。

 

 

11月13日

確か、先週に見た富士山は8合目から上は雪を被ってた筈なのに、今回東京に向かっての新幹線からの富士山は、その雪が殆ど無い! 
3600m以上ある高さなら、かなり寒い筈なのに、あっという間に雪を溶かすという、従来からの季節感を覆す太陽の大きなエネルギーに、大きな驚きを感じました。それを報道しないのも??ですが。


今度の東京Bワーク行きでも、何人もの人に、チラシ、フォトブック、ゼロ感性を受け取ってもらえましたが、大きく印象に残っているのは、2人の女性。
一人は、隅田川と神田川の合流する、まだ江戸時代の風情まで残しているような場所で、船での食事提供を商いとされてる女性。立ち話で私の話しを聞いた後で、みんなにも見てもらいます、と、1度鍵をかけた店に置きに戻ってくれました。沢山の客あしらいの経験から、私にも傷つけないようにそう言われたのかも知れないけど、その気風の良さに、惚れ惚れするような経験をさせてもらいました。
もう一人は、前回行った美味しいお蕎麦屋さんで、今回の満席によって、より近い隣り同士になった方。お腹も空いて無いのに行って良かった! 照明を必要とする仕事もされてるようで、自分のイメージ通りにならない今のLED照明に、かなりの違和感を感じてたらしい。でも、まさか、これ程とはと関心を持ってくれました。ご主人もLED照明には、かなりのストレスを感じておられたらしい。